一晩で終わるドSな千夜一夜物語
昔々、あるところに、隣り合った国を統治している兄弟がいました。
王様の名はシャーリヤール、その弟はシャーザマーンと申しましたが、覚えなくても支障はありません。
弟はあるとき自分の宮殿で、よくないものを見てしまいます。
それは自分の妻と奴隷がくんずほぐれつ浮気をしている場面でした。
ショックを受けた彼は、妃と奴隷をスッパ殺して隣の国の兄上のところに遊びに行きます。
ですがそこでも妻の浮気のことが頭から離れず、お兄様の遊びの誘いもすべて断り、食べるものも食べず、青黒い顔で日々を過ごしていました。
気晴らしなどする気も起こらず、兄上ひとりで行ってきてくださいよと送り出しては、うちの妻はどうしてあんなことしたんだろう、まあ殺しちゃったけどね、とくよくよ落ち込んでいましたが、ふと見ると兄の妃とその奴隷たちが遊んでいるのが目に入ります。
遊んでいるとは……まあ、詳しく描写しなくても大丈夫ですね、つまり、襲ったり襲われたり、上になったり下になったり、入り乱れたりとかしていたわけです。
それを見た彼はぱっと顔色を明るくしました。
「なんだ、自分よりも兄上のほうがずっと不幸じゃーん!」
その裸プロレスの凄さというかダイナミックさというか、それが自分の時とは段違いだったからです。
「あはは、うふふ、それならいいや。そうとわかればなんかお腹すいてきちゃったなあ」
それからは食欲も回復し、夜はぐっすり眠れるので顔色もメキメキよくなりました。
「ご飯美味しいですねえ、兄上ー」
そしてそんな態度ですから、当然兄上は不審に思います。
「お前、いったいどうしてあの落ち込みから抜けたのだね」
「えっと、そのう、でもおー」
あの手この手で事実を聞きだし、自分の妻が奴隷たちとあれこれしていた事実を知った兄上は、ああっ、と己の不幸を嘆いたのちに世をすねて、兄弟そろって旅に出ました。
兄弟二人で家出した先には魔人がおり、魔人の妻が脈絡もなく二人を誘惑します。
特に理由はないけれどあんたたちあたしを抱きなさい。抱かないんだったらそこで寝ている魔人を起こしてあんたたち二人とも、想像もできないぐらいバチボコに殺してあげるけど、どうする。と脅したので二人ともすることは迅速に済ませ、まあまあ上手だったから帰ってよし、と無事にリリースされました。
突っ込みどころは限りなくありますが、なにぶん原典どおりなのでごめんなすって。
人間に限らず魔人においても、女の浮気心からは逃れられないのだと嘆いた二人はとぼとぼ国へ帰りました。
そして、兄の妃と奴隷も手早く殺したうえで、女は二度と信じないという堅い誓いを結んだのです。
そこまではちょっぴりお気の毒と言えないこともありません。
殺すのはノーグッドですし、たった三人の女に裏切られただけでそう決めつけてしまうのはやや早計と言えなくもないですが、まあ、ひどい目に遭いましたねと言っても差し支えないところでしょう。
魔人の女からは魔人が怖くて黙って逃げたくせに、自分の妃たちは気楽に殺すあたりも、長いものに巻かれまくりというか、この日和見が、と正座させ、膝の上に分厚い石を乗せた上で小一時間は問い詰めたいところですが、当時の時代背景を考えるとこういうことはよくありました。
強いものには従順に、弱いものを見つけたらケツの毛まで抜けが当時のスタンダードだからです。
さて、風向きが変わったのはここからです。
女を信じないと誓ったのなら生涯独身を貫けばよいものを、彼は弟と別れたのち、王の名においておふれを出します。
今後妻にした娘については、一晩過ごしたら翌朝には全員殺すというのです。
おそらくこれには国中がどよめいたことと思われます。
控えめに言ってやりすぎです。
ですが、当時王様の言うことは絶対。
──それ、新しい嫁を選ぶ気ないですよね?
──恨みつらみからくる若い娘限定大虐殺ですよね?
誰もが言いたいところですが、当時の大原則、強いものには従順にが生きていますので、誰も王のやることに異は唱えません。
下手なことを言って自分まで気軽に殺されてはたまりませんからね。
そんなこんなで王様は、妻を迎えては殺し、次の妻を迎えてはまた殺し、次の日も別の乙女を迎えては殺しまくったので、ついに国中の若い娘は姿を消してしまいました。
資金とコネのある家の娘は揃って国外逃亡しました。緊急事態ですから当然です。
さて王に仕える大臣にはふたりの娘がおりまして、ひとりはメンタルを追い込む姉のシェーラザード、もうひとりは肉体を追い込む妹のドゥーニャザードと申しました。
どちらも大変美しく、ほがらかかつ聡明な娘で、出るところはこれでもかというくらい出っ張り、くびれるところは目が快感を覚えるほどくびれています。
国内で起きている乙女皆殺し法案については彼女も聞き及んでいます。
柔らかなクッションにもたれ、果物を片手にもてあそびながら、シェーラザードは思いました。
──これって、そろそろどうにかしたほうがいいんじゃないかしら。
まずはお父様に相談です。
「私を王様の妻に推薦して下さいませ」
当然ながら止められます。
大臣だからちょっとだけ贔屓をしてくれているというのに、そんなの、藪蛇もいいところではないですか。
ですが彼女は頑として聞き入れません。
妹を呼び寄せて、耳元でなにやら申し送りをしたうえで、粛々と王様のもとへ向かいます。
「朝には殺すが、よいのかね?」
「結構ですわ」
見れば見るほど美しい乙女です。こんな乙女が自らやってきてくれて、王様はまんざらでもありません。
「お前が嫌だと言ったら大臣を殺すけど、本当にファイナルアンサーでよいのかね」
「くどい」
「えっ」
「なんでもございません。王様のお気に召すままに」
さて夜が来て、美しく着飾った彼女は王様にねだって妹もはべらせてくれるように申し上げます。
これっていつもと違うプレイが楽しめるのかしらん、と期待した王様は、よしよし、よきにはからっちゃって。と快諾したので姉妹は王様の左右をきっちりと固めます。
さあ、お楽しみのお時間です。
「お姉様、私から先に楽しんじゃっていいのですか?」
「よろしいわ」
言うが早いか、肉体を追い込む妹のドゥーニャザードは隠し持っていた道具できりきりと王様の体を縛り上げます。
王様はというと、妹得意のロープワークで一瞬にして体の自由を奪われて、目をぱちぱちさせています。
そしてこの期に及んでも呑気なことを言っています。
「これからどんな楽しいことをしてくれるのか、妻よ?」
「さあ、どんな楽しいことをして差し上げましょうね……」
彼女は小首をかしげて答えました。
もちろんこの場合の主語は「私」です。私があなたを使って楽しむという意味です。
一案には、引きの強い物語を延々続けて時間を稼ぎ、その間に彼の子どもを産んで王を正気づかせるというルートもありましたが、不確定要素が多すぎるため没になりました。
メンタルを追い込む姉のシェーラザードとしては、もっと確実性の高いプランが好みです。
だいたい、女が信じられなくなったという理由で一晩ごとに女を殺す男が自発的に正気にかえる確率がどれほどあるでしょう?
そんな希望的観測にのんびり賭けてはいられません。勝率というのは自らあげるものです。
さあてどう遊んで差し上げようかしら、と彼女は考えました。
縛られて身動きできないでいる王様は、まだ自分になにが起こったのか理解できてないようで、「早くしなさい。いつまで待たせるのだね」などと言っています。
その台詞を聞くと、シェーラザードの性癖が一気にスパークし、彼女は王様の耳元に口を近づけてなにやらささやきました。
「──きゃっ!」
王様は自分でもこんな声が出るとは思っていなかった、乙女のような声をあげます。
なぜでしょう、彼女の低くかすれた声を聞いた瞬間、体の芯がぞくぞくしたのです。
なにこれ? ねえ、これってなに?
王様が自問自答している間にも事態はさくさく進みます。
「みなさま、出て来て下さいな」
彼女が合図をすると垂れ衣の向こうから、次々に若い娘たちが出て参ります。
国外逃亡していたはずの娘たちでした。
彼女らは王様を見ると口々に罵ります。
「マジやってらんないわー」
「あたしたちがなにしたってわけ? ねえ、なにしたってわけ?」
「女性不信こじらせるにも限度があんの。そっちがその気ならこっちだってやるわよお」
「な、なにを申す。王の命令が聞けぬと申すか」
「聞けるわけあるかあっ」
「まーだ自分の境遇がわかってないみたいね、この釣り針飲み込んだ魚は」
「離婚って言葉を知らないまんま大人になっちゃったのかしら?」
女たちは言いたい放題です。
娘のひとりが王様の鼻先に指を突き付けました。
「あんたの仕事は国を治めることでしょうが。それが、なによ、このざま」
ド正論です。考えの浅い王様には思いもよらないことでしたが、国から若い乙女がいなくなると、男たちだって困ります。
家族や友人が悲しむのはもちろん、そんなことが続けば次の世代も先細りです。
「さぁーエクササイズのお時間!」
「このっこのっこのっ」
娘たちは王様を蹴りまくります。
女性の力なので致命傷にはならないのですが、入れ代わり立ち代わり長時間蹴られているうちに、ボディブローのようにふわーっと効いてくるしくみです。
「ねえねえ、ダーリン。いらないのは右と左とどっちの睾丸?」
ナッツ割りを片手にカチカチ言わせながら、肉体を追い込む妹のドゥーニャザードも横から口を挟みます。
王様は再びきゃあっと甲高い叫び声をあげました。
「うるさい」
これをシェーラザードが一蹴します。
「誰が口をひらいていいって言った? ねえ、しゃべっていいって私言いました?」
「い、いいえ」
「どうしてもしゃべりたいならしゃべらせてあげますね」
「な、な、なにを」
「自分でいいと思う回数だけ、ごめんなさいを言いなさい」
人を従わせることに慣れた声音でした。
足の間では妹がなにかをカチカチ言わせています。
王様は壊れたおもちゃのようにごめんなさいを繰り返します。
舌と喉が疲れてきて小声になると姉が言いました。
「──ねえ、それでもう十分だと思うの?」
あの低い声です。鼓膜に直接響くような不思議な声です。
王様ははじかれたようにビクンとして、またごめんなさいを連呼です。
「はいやめ」
口が回らなくなった頃、不意にストップがかけられました。
これでもう解放されるのかと王様がほっとしたのもつかの間、肉体を追い込む妹のドゥーニャザードが手際よく自作の器具を王様に埋め込んだり据え付けたり、詳しく書けないようなことを色々致します。
この時代、現在のような緻密な玩具は売られていませんが、彼女にとってはなんでもないことです。
なくても作ればあるのです。
「いやあああああ」
「あら、まだしゃべり足りなかった?」
「黙りますっ、ただいますぐっ」
「よろしい」
シェーラザードはにっこりしました。
ドゥーニャザードは久しぶりに思い切り手技が発揮できると、幸福そのものの無邪気な殺気を浮かべています。
これまで味わったことのない苦痛と快楽のオンバランスに、王様は涙目です。
「も、もうやめて」
それを聞いたドゥーニャザードは鼻で笑いました。
「始まったばかりで片腹大激痛。きゃはっ」
夜はまだまだ長いのです。
そして王様は乙女のような声をあげっぱなしです。
──どうして、つらいのに甘美なんだろう。
──やめて、でも本音はやめちゃいや。
そんなことを考え始めたら、もう沼にはまったようなものです。
姉妹の合わせ技なので依存度も倍掛けです。
山あり谷あり終わりなしの時間が過ぎていきました。
普通なら幾日も時間をかけるものですが、この様子では一晩で十分だとシェーラザードは明け方近くに判断しました。
「さて、と」
もう王様は彼女の一言一句を聞き洩らしません。意識は常に彼女に集中です。
返事を求められるまでは勝手に口をひらかないということも短時間で習得しました。
それを見てシェーラザードは微笑みました。自らの手腕と結果に満足したのです。
「これから私が言うことに、なんて答えたらいいかわかりますね?」
「はいっ!」
「まず、乙女皆殺し法案は即刻取り下げること」
「はいっ!」
大変いいお返事です。シェーラザードは続けます。
今後は私を生涯ただひとりの妻とすること。ちなみにあなたの弟君も同じくらいのばかなので、こちらには妹のドゥーニャザードを嫁がせること。
なお、既に殺してしまった娘たちの家族になすべき謝罪と補償の数々についても細かく指示し、王様はそのすべてに素直なお返事をいたしました。
さあ、そろそろ夜が明けます。
王様にお仕置きしてほどよく疲れた娘たちはあくびをしながら自分の屋敷へ戻っていきました。
娘たちは一晩で心身ともにデトックスされ、健やかそのものです。
メンタルを追い込む姉のシェーラザードと肉体を追い込む妹のドゥーニャザードのおかげで国には無事に平和が戻りました。
こうして王様たちは、ばかなことをすると姉妹に遊んで貰えなくなるため、いい子で真面目に国をおさめ、そして千と一夜の間続くはずだった物語はコンパクトに一晩で終わりを告げたのでしたとさ。




