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差し出されたタオルを無言で受け取る。
吐き気はすぐにおさまっていた。
「昔ね、知り合いに妊娠しちゃった女の子がいてね…。のんちゃんを見てたら、その子を思い出しちゃって。なんとなく気付いてたんだ。」
私はただ口元にタオルをあて、どうしようか迷っていた。
「本当は昨日もね、倒れる前から見てたんだ。ここのキッチンからは公園が良く見えてね。」
「…。」
「のんちゃん。僕はこう見えて結構なおじさんなんだよ。意外と頼りになるかもしれない。…それに、僕たちはまだお互いの事を知らない。他人だよ。きみが話した事を僕が誰かに告げ口する事もできない。」
「…。」
「僕は誰にでも親切なわけじゃないよ。気に入った人間だけだよ。だからもう話してしまいなよ。悩み事は言えなくなったらおしまいだよ。」
見上げた小西さんは笑顔だった。
何がおじさんだ。
結構かっこいいくせに。
「…悩んでないです。もう決めてるんです。」
「そっか。じゃあ簡単だ。」
「?」
「答えが出てるんだったら、後はどうやるかだろ?」
小西さんはポンポンっと私の頭を撫でた。
「妊娠してるならコーヒーはダメだっけ?特別に冷たいレモネードを作ってあげよう。あんまり食べれなさそうだから、レモン抑えて甘くしようね。」
私はおとなしくテーブルに腰掛けた。
小西さんの言うとおり、私たちは他人。
変にお説教されるようなら、もう来なければいいし。
逃げるのはいつだって簡単だ。