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午後になり、私は出かけることにした。
幼馴染のヒロに呼び出されていたからだ。
佐藤くんと偶然にでも出会わないように、コーヒーの種類の豊富な店(コーラの置いていない)で待ち合わせ。
店に着いたとき、ヒロはもう着いてた。
「お待たせ」
「おう。待たされたぜ。」
ここの店はわずらわしいくらいコーヒーの種類が豊富で、それぞれに気恥ずかしい名前がついている。
そのせいで、私はいつも『本日のおすすめ』を選ぶ。
ヒロは何にしたのかと思ったら、ホイップされた生クリームがのってるアイスコーヒー。甘そうで参考にならない。
いつものように『本日のおすすめ』をオーダーした。
「のんちゃんに今日はプレゼントがあるんだぁ〜。」
ヒロは作ったような笑顔で紙袋を取り出した。
私は中身を確認すると、ヒロをじっと見つめた。
ヒロは唯一、昔から付き合いのある友人だ。
小学校の頃にメガネをかけ始め、いまじゃ流行りのメガネ男子。
協調性のない私に、家が近くだという理由だけでなぜか面倒をみてくれる。
ありがたいような面倒くさい存在だ。
「ヒロ。これは何の冗談?あんたの大事なカメラなんて私ぜんぜん欲しくないんだけど。」
紙袋の中身は見てすぐわかった。
ヒロがいつも持ってた一眼レフ。
「いつかちょうだいって言ってたじゃん。」
「それはあんたが大事にしてたから、わざと言ってたんだけど。」
「もういらないんだ。」
「新しいの買ったとか?でも、買ったらすぐポイって…。」
「…もういいんだ。」
「何で??」
「カメラはもうきっぱり諦める事にする。」
ヒロは目を細めて笑った。
何か言おうとした時、ウェイトレスが『本日のおすすめ』コーヒーを持ってきた。
タイミングが良いんだか悪いんだか。
ヒロの言葉に納得のいかない私は、ひたすらコーヒーをスプーンでぐるぐるかき混ぜた。
砂糖もミルクも入れないから混ぜなくていいんだけど、猫舌だし。
…なんか苛々する。
「…カメラってね。趣味のうちはいいけど、結局食べていけないんだよ。」
「…。」
「俺、今の彼女とつきあい長くてさぁ。」
「…。」
「結婚とか…考えてて。彼女は普通に就職して欲しいみたいだし。」
夢より現実。
「わかった。ヒロはカメラやっていく自信がないんだね。夢より現実見る方が楽だもんね。」
たっぷりとした大きさのカップを持ち上げ、『本日のおすすめ』を飲む。
久しぶりに飲んだ濃い目の味。
今は味わう余裕はないけれど。
「のんちゃんは最近どうなの?」
「別に。」
妊娠してるけど、言わない。
「あ、あの彼氏は?優しそうな顔の。」
「…別れた。」
「何で??すごくいい感じの奴だったのに。」
「…のんちゃん。」
やばい。
ヒロの声のトーンが変わった。
怒ってるようなあきれているような…。
「のんちゃん。いいかげん、あの事忘れなよ。そんなんじゃ、いつまでたっても…。」
腕組みをしたまま、ヒロがこっちを睨んでいる。
忘れるわけがないし、忘れられるわけがない。
『あの事』が、なかった事にはならないように。
『あの事』で私の人生は変わった。
友達もなにもかもその時リセットした。
ヒロはお人良し過ぎるから…。
ただ見捨てる事ができないから友達でいるだけだ。
みんな私から去っていく。
面倒な事は思いをするのは、もう嫌だ。