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「その日からかなぁ。荒れた生活を送る自分がバカらしくなったのは。気持ちが切り替わったんだね。ちゃんとしようって。それで、父さんに電話して聞いたんだ。帰ってくるのか来ないのか、荷物はどうすればいいのか。俺はここにいてもいいのかって。そうしたら、この家は俺のものだって言うんだ。この家はもともと母さんの名義だったって。それに、父さんはもうここには戻らないって。」
佐藤くんがこっちを見た。
少しだけ笑っていた。
「だから、ここ俺の家なんだ。母さんが残した俺の家なんだ。誰もいなくなってもここが俺の家。」
「ずっとこの家を守ってきたの?ひとりで。」
ひとりで住むには広すぎる家。
「うん。誰もいなくても、父さんから金銭の援助があったからお金には困らなかったしね。家をキレイにして、学校にも行って、人には愛想よくして…。まともな家庭の子供みたいに、まともな生活を送ったんだ。そうしたら、高校もそこそこの所に行けたし。」
ひとりで努力してきた佐藤くん。
それに比べて私は…。
姉の死をきちんと乗り越えないで。
傷つきたくないからって逃げ回って。
佐藤くんは逃げずにがんばってきたっていうのに。
いつも優しい佐藤くん。
笑顔は努力の証だったんだ…。
「ところで、のんちゃん。小西さんにプロポーズされたんだって??」
「えぇ!?」
なんで、そんな事まで…。
「あの人、本気だよ。直感で決めちゃうからね。俺を雇った時だって、バイトは足りてたのに採用したんだから。」
「そ、そんな事あるわけないじゃない。あの人、絶対そんな感じじゃないもん。だって、私が今ここにいるのだってあの人の計算通りな気がするもん。」
手のひらで踊らされていたような…。
「ははっ。のんちゃん人を見る目があるね。あ、そういえば。小西さんに聞いたんだけど、カメラ。あれ、忘れるように隠したんだって。忘れ物したら絶対にまた店に来るからって。」
なんて、恐ろしい…。
計算高い小西さん。
なんだか素直に感謝できない。
複雑な気持ち。
「のんちゃん、なんか変な顔になってるよ。」
気が付けば、佐藤くんが近くにいた。
私の座ったソファの下に座りこちらを見上げていた。