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『佐藤』と記された表札。
見覚えのある白い家。
外観におかしな所はない。
門の外から見る限り、庭もきちんと手入れされているようだ。
花が咲き誇るような感じではなく、シンプル。
小西さんの店を出た頃は気分が軽かったのに、さっきのおばさんのせいで…。
『あの家は父親がよそに女作って、母親も出て行ったのよ。多分、男がいたのよ。息子さんがね、2人いたんだけど。長男さんはもう何年も見てないわ。次男だけが残されててねぇ。一戸建てで一人暮らしよ!かわいそうに。親がだらしないとねぇ…。うちは苗字が一緒だけど、赤の他人なのよ!一緒にされると困るわぁ。』
おばさんが言いたかったのは結局、興味本位の噂話。
でも。
あの佐藤くんが一人暮らし??
この家で??
そんな訳がない。
それに本当だったら、寂しすぎる。
どうしよう。
インターホンを押す勇気がない…。
迷っていると、門の向こうから音が聞こえた。
窓をあける音。
とっさに身を潜める。
おそるおそる、門の向こうを覗き見る。
「!」
久しぶりの佐藤くん。
黒いポロシャツに、ブロックチェック柄のハーフパンツ。
部屋着にしてはきちんとした格好で、庭に下りてきた。
「何してるのかなぁ…?あ…。洗濯もの?」
一つ一つ丁寧な手つきで、洗濯物を取り込んでいく。
タオル類、男物のシャツ…。
あきらかに量が少ない。
洗濯物を取り込み、佐藤くんが部屋に戻っていく。
細心の注意をはらい、門を開ける。
静かに開け、静かに閉める。
静かな家。
どこからか、中を覗けないだろうか?
静かに庭の方へまわる。
「泥棒と間違われたらどうしよう…。」
いくら佐藤くんの家だといっても。庭のすぐ隣、塀を一つ隔て向こうはよその家だ。
今の私はどうみても、不審者…。
お隣さんから見えないように、塀かの影に隠れて進む。
さっき佐藤くんが出てきた辺りで止まる。
出入りできる窓があった。
「!!」
カーテンが引かれた。
隙間から明かりが漏れている。
そういえば、外が暗くなってきている。
早くしないと真っ暗になってしまう。
明かりが漏れているカーテンの隙間。
そっと覗き込む。
「リビング?」
白いソファが見えた。
佐藤くんは、いない。
「なんかすごく部屋キレイなんだけど…。」
白いソファ。
家具はダークブラウン。
たぶん、なんとかって言う観葉植物。よくインテリアの雑誌にのってたやつ。
「モデルルームみたい。」
…生活感がない。
私の部屋もシンプルにきれいにしようとするけど、どうしても生活感が出てしまう。
この部屋にはそれがない。
4人の家族が生活しているように見えない。
いつだったか、佐藤くんに聞いたことがある。
「佐藤くんは良い匂いがするね。」って。
そうしたら佐藤くんは、「多分、洗濯の時のあれだよ。柔軟剤?みたいなやつ。よくわかんないけど。」って。
佐藤くんが一人暮らしだとしたら…。
この家の維持も、家事もひとりでこなしていたの??
なんで言わないの?
悪い噂。
知られたくない過去。
佐藤くんは私と同じ。
『胸が痛い。』
あんなに笑顔で優しい佐藤くん。
ひねくれた私。
私、佐藤くんになんて事を…。
酷い事を言ってしまったんだ。
酷い事をしてしまったんだ。
お父さんが出て行って、お母さんが出て行って、お兄さんが出て行って。
私は一番してはいけない事をしてしまった。
あの日、店に佐藤くんを残して出て行った。
『合わす顔がないよ…。』
窓から離れ立ち上がる。
…地面がグラリと揺れる。
あぁ。またやってしまった。
もう、このまま消えてしまいたい…。
「ドサっ」
最後にそんな音を聞いた。