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もう、全く意味がわからない。
小西さんが、当たり前のようにさらりと言った一言。
そんなの、忘れるとか言うレベルの話じゃないでしょ?
いったい、この人は…。
「うちの店さぁ。小さいけど、結構お客さんついているんだよ。この辺りの店の中じゃおしゃれな方だし?」
「…そんなの知らない。」
佐藤くんがこの店に来たなんて…。
その後、私が来た時には何も言わなかったじゃない。
この人。
知ってて隠してたんじゃ…。
「佐藤くんもヒロみたいに、ここに来てたの??ていうか、私と初めて会った日、何で佐藤くんここに来たの?小西さん、なんで何も教えてくれなかったの!!」
恨めしそうに、小西さんを見上げる。
もしかしてこの人は、最初から??
見ず知らずの私に親切だったのは何か理由があったから??
「のんちゃん。佐藤くんはね、お客じゃないよ。高校生の頃から、ずっとここにバイトで来てもらってるんだ。のんちゃんと初めて会った日…。」
「何??」
「のんちゃんをここに連れて来たのは、佐藤くんなんだ。」
知らなかった…。
私、何にもしらなかった。
佐藤くんのバイトの事。
あの日倒れた私を、佐藤くんが運んでくれていたことも。
「佐藤くんは色々、複雑だから。のんちゃんをこの店に運んで、そのまま帰って行ったよ。僕にくれぐれもよろしくって。」
甘くて鈍感で、優しい。
それが佐藤くんだと思ってた。
あの日だって、ぼんやり店に取り残されてるとばかり…。
「のんちゃん。僕は高校生の頃から佐藤くんを知ってる。でも、佐藤くんの秘密は僕からは言えない。人は見かけによらないんだよ。きみが佐藤くんに何も言わなかったように、佐藤くんにも人に知られたくない事があるんじゃないかな?」
優しい低い声。
小西さんの声はやっぱり落ち着く。
「大切な人が去っていくのを引き止めたくても、引き止められない理由があるんじゃないかな?」
佐藤くんの秘密。
佐藤くんの理由。
何も知らなかった私。
何も話し合わなかった私。
私には円満な家庭のお坊ちゃんに見えた佐藤くん。
小西さんには複雑に見える佐藤くん。
私は何を今まで見ていたんだろう。
佐藤くんはいつも笑顔で少しだけ困った顔をしていた。
複雑な顔は見たことが無い。
もしかして、佐藤くんは…。
「小西さん!私、佐藤くんときちんと話そうと思います。」
何だか、元気が出てきた。
小西さんは笑顔だった。
私も笑顔で答えた。
「これから、佐藤くんに会いに行きます。」
立ち上がり、バッグから携帯を取り出す。
「のんちゃん!」
「…何?」
「直接、佐藤くんの家に行った方がいいよ。いや。連絡しないで直接行って。あいつ今日家にいるはずだから。」
「…小西さん。何か企んでない?ここ数日、小西さんの手のひらで遊ばれていたような気が…。」
「ははっ。」
小西さんは質問には答えなかった。
入り口に向かい、重いお店の扉を開けてくれた。
「のんちゃん、僕は誰にでも親切なわけじゃないよ。佐藤くんは本当に良い奴だよ。」
ぽんぽんと頭をなでられた。
「ありがとう。小西さん。」
そう言って店を出ようとした。
小西さんは笑顔で見送ってくれた。
「佐藤くんがダメだったら、いつでもおいで。のんちゃんが幸せになるまで、プロポーズは有効だからね。」
そんな冗談を言いながら。