17
泣き疲れて、眠ってしまったみたいだ。
時計の針がさっきよりも、進んでしまっている。
洗面所に向かう。
顔を洗ってしっかりしなければ。
鏡に顔を映す。
青白くてとがった顔。
あの頃にようちゃんみたいだ。
顔を洗おう。
私はようちゃんとは違う。
亡霊の面影。
早く洗い流してしまいたい。
「お腹大きくならないかなぁ。」
早くお腹が大きくなればいいのに。
妊婦さんは誰も幸せそうだもの。
「何か食べよう。2人分食べなきゃ。」
キッチンに置かれたままの赤い紙袋。
りんごとグレープフルーツ。
グレープフルーツを取り出す。
ナイフで半分に切って、お皿にのせる。
テレビをつけてグレープフルーツを食べる。
しゃくしゃくスプーンですくうと、柑橘類のすっぱい香り。
苦くてすっぱくて、瑞々しい。
小西さんはどうしてこうも気が利くのかしら?
「あー。」
お皿を置いて携帯電話を取り出す。
今日こそ電話しなくては。
お店はまだオープン前だ。
番号を入力してボタンを押す。
コール音が聞こえてきた。
5コール目で小西さんに繋がった。
小西さんにフルーツのお礼と、手短に忘れ物の話をした。
「…えっ!!」
カメラの忘れ物の有無。
それが知りたかったのに、返ってきた答えはそのどちらでもなかった。
カメラは確かに、小西さんのお店に忘れていた。
でも、カメラはそこには無い。
カメラは小西さんが持ち主に返していた。
小西さんはカメラが誰の物か知っていた。
カメラの持ち主は小西さんの店の常連さん。
つまり、小西さんとヒロは知り合いだった。
しかも、今回の事でヒロと私の関係もバレてしまった。
電話の向こうで声がする。
「のんちゃん。僕は、まだきみに言わなきゃいけない事があるんだ。きみに秘密があるように、僕にも秘密があるよ。そして、きみの彼氏にもね。」
声が続く。
「ねぇ。のんちゃん。知りたくないかい?彼氏の秘密。明日は店が定休日なんだ。でも、のんちゃんの為に特別あけておくよ。何も知らないで逃げるより、全て知ってから逃げても遅くないだろ?」
辛うじて、返事ができた。
秘密。
自分の秘密は知られたくなかったのに、人の秘密は知りたい。
「…矛盾してる。」
秘密という誘惑には勝てない。
明日の約束。
私は間違いなく行くだろう。