10
目の前には大きめのグラス。
中には、入れるだけ入れられたクラッシュアイス。
小西さんが、小鍋からグラスに注ぐ。
氷がカランと良い音をたてた。
レモンの香り。
甘いレモネード。
「仕事しなくていいんですか?」
「…なんで?」
「私、絶対じゃましてると思うし。あんまり真剣に聞かれてもなんか嫌だし。」
「お嬢さんは注文が多いなぁ〜。じゃあしっかり聞いてないふりして仕事しようかな。」
小西さんは、奥のテーブルに重ねられた黒板を持ってきた。
黒板消しでキレイに消して、新しいメニューを書き出した。
白いチョークがカツカツと鳴った。
「私ね、妊娠してるけど別に困ってないんです。大学も単位とってあるから、卒業できるし。お金もね、貯金とかあるし親の援助もあるんです。私ひとりっこだから親が甘くて。」
一気に話した。
「それに…。調べたんです。シングルマザーやっていくために必要な事とか。もらえる手当てとか色々。」
小西さんは黒板にメニューを書いている。
「私はひとりっこだったから、ひとりになれてるし。ひとりっこだったからひとりっこの気持ちもわかるし。」
白いチョークでカツカツと。
「子供には親が必要だし、親は子供を見捨てないでしょ。友達も恋人もすぐに縁を切れるけど、親子の縁は切れないでしょ。だから私は絶対に子供を大事に育てられるの。」
小西さんの手が止まった。
「のんちゃん。何をそんなに怖がっているの?」
小西さんの声は穏やかだった。
怖がっている?私が??
…わからない。
怖がるというのは、怖い思いをしたからなのだろうか…。