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「ユウスケ……ユウスケ……聞こえるか」
聞こえる。男の声だ。
声は前方から、しかしそこに人はおらず。地面に刺さった一本の杖が天井からの光に照らされていた。
「そうだ、私はそこにいる」
「え……?」
杖に向かって指をさす
「そうだ」
「……は?」
混乱している。それはそうだ、俺は家のベッドで横になっていたのだから。
それがどうして、こんなボロボロの薄暗い建物の中にいて、杖に話しかけられているのだ。
「お前が知っている言葉で話すなら、いわゆる異世界転移というものだ」
「ええ……」
いきなり俗な言葉が出てきたもんで毒気が抜かれてしまう。
そんな俺を尻目に杖は淡々としゃべり続ける。
「私の名はロスベルグ。かつてこの世界を統一した男リオンハルトが使っていた武器だ。
お前をこの世界に召喚した理由は、お前が彼の転生した姿であり、唯一私を扱える人間だからだ」
「そんな、勝手に……」
「だから待った。お前が現世から消えても問題のないタイミングを。既に両親もなく、友もなく、仕事もなくなり虚無となったタイミングを」
「……」
でも、と頭の中に言葉がいくつも浮かぶが、なんとなく勝てる気がしない、そんな圧力を感じる。
今主導権を握っているのは完全にあっちだ。とりあえず今はこの杖の指示に従うのが得策か。
「わかった。で、俺は何をしたらいいんだ」
「とにもかくにも、まずは私を手に取ってくれ。そして外に出よう」
杖を手に取ると、拍子抜けするほどあっさりと杖は抜けた。
改めて見ると長い杖だ。175センチある自分の頭より少し長いぐらいだ。
形は「?」マークを大きくしたようないかにもファンタジーの杖って感じで、自然と丸いほうを上に持った。
外に出て振り返ると、時間がたちボロボロになった一軒家が目に入った。
ファンタジー小説に出てくる街の一軒家みたいな、ひび割れたレンガの上にツタの生い茂った様子。少し胸がワクワクするな、なんでだろう。
「ここは、そのリオンハルトさんの家ですか?」
「うむ、彼が人生の最後を過ごした、な」
「なんというか……その」
「かつて世界を統一した男が住むような家ではないと?」
「えぇ、まあ……」
「こういうもんだよ、こういうもんだ」
「はぁ、なるほど」
妙に人間臭いロスベルグの言葉に、俺はまた少し毒気が抜かれていった。
家から目を離して周りを見渡す。
どうやらこの家は森だか山だかの中にあるらしく、伸びきった草原の向こうにはたくさんの木々が見える。
最後は、だれの目にも届かない静かなところで過ごしたかったのかな。
漠然とそう思った。
「で、俺はどうすればいいんですか? このまま森を抜けて街に出て、伝説の武器で無双ですか?」
「手っ取り早くそうしてくれればありがたいが、あいにくと私は易々と扱えるほどお手軽ではなくてな。
ここの森には食料も水もある。そして、お前にこの世界のことを教える十分な時間も必要だ」
「……ということは」
「あぁ、修行編だ」