死
ロリコン世界樹を聖国に捨てる為に旅立つ魔王を見送った後、疲れで何もやる気がでない俺はだらだらしていた。
「こうやって……そうそう。筋が良いわね」
「うん」
すっかり幼児化したステラがクロエに剣を習っている。
「師匠……あれは何なの?」
二人の様子を眺めていたクレナが、ステラの変化に違和感を感じたのか俺に質問してくる。
「心を入れ替えたんじゃ無いか?」
「……そんなに簡単に人って変わるのかしら」
クレナの疑問は尤もだ。
だが、ステラは簡単に変わったわけじゃない。
やべぇドラゴンと無理やり戦闘させられ、吹き飛ばされたと思えば糞まみれになり、全裸の男二人の一味になるという壮絶な経験をしている。
その後、体も心もぼろぼろだったステラはクロエの優しさに落ちた。何故、幼児化したのかは……知らん。
「きっかけさえあれば人は変われるものなのだ」
「そ、そう……」
釈然としない様子のクレナ。
だが、この話はこれで終わりだ。俺は今日の出来事をあまり思い出したくない。
「ところで、何のようだ?」
話を切る為に、話題を変える。
クレナは「あっ!」と口に手を当てながら声を出した。
「ルナがいないの。師匠、どこに行ったか知らない?」
「……知らない、が……」
十中八九、ルナがいないのは俺と魔王のせいだ。
悪女とはいえ、まだまだ幼い少女であるルナが、無駄に堂々とした全裸の男達に迫られれば、その男達と同じ空間にいたく無いのは当然の考えだろう。
見つけ出して謝るべきだな……金が掛かりそうで嫌だなぁ。
俺は財布を取り出し手持ちの金を確認する。
足りそうだな……よしっ、と立ち上がろうとした時、光の奔流が道場に降り注ぐ。
「トカゲ!シードちゃん!クロエ!」
俺は全力で声を出し、現状最大戦力である者達の名を叫んだ。
「あ、主ぃ。あれはなんだ?」
「パパぁ、なんかピリピリするよぅ」
「あれは……気?」
具体的な答えは持ち合わせていない。
だが、一つだけ確かなことがある。
「集合!」
厄介事だ。
俺の想像の斜め上の厄介事の襲来だろう、クソ野郎!
俺は周囲に戦力達を配置し、戦力外のクレナ達を守るような形に陣取る。
緊張した様子の戦力達。
まさか、人外達がびびるレベルの厄介事なのか?
俺はドックンドックン煩い心臓の音を誰にも聞かれないように注意し、無駄に太々しい態度を作る。俺までびびってそれが周囲に伝わってしまえば、この厄介事は乗り越えられないと考えたからだ。
「よぅ、剣神」
「ふふっ、お久しぶりね、剣神」
「し、師匠ぉ……」
現れたのは女神達とルナだった。
帝国の女神がルナを背後から拘束し、首にナイフを突きつけている。
「なんだお前らかよ……」
トカゲ達がびびっているから何が来たのかと思えば女神達かよ。俺にとっては脅威だが、トカゲからすればいつも煽っている相手だ。なんでこんなにびびっているんだ?ルナが人質にされているからか?
「クソが!舐めやがって……」
「……貴方の可愛い妻がどうなってもいいのかしら?」
俺の態度が気に入らない様子の女神達。
トカゲ達はルナを気にしてか、動けない様子だ。
「目的はなんだ?どうすればルナを解放する?」
「くくっ、そうだよなぁ。いくら剣神様とはいえ、自分の妻を盾にされちゃ剣は抜けねぇよなぁ」
「神力を解放した私達を前にしても変わらないその態度は称賛に値するわね、流石は上位神といったところかしら」
女神達の俺への認識はいつでも的外れだ。
ルナは俺の妻じゃないし、俺は神ではなく詐欺師だ。どれだけ勘違いを拗らせたらこうなるんだ。
「剣を捨てて、こちらに来なさい。それでこの子は解放してあげる」
「変な気は起こすなよ?じゃねえと躊躇なく殺すぜ?」
剣を……捨てる?
シードちゃんと離れればいいのか?
俺はシードちゃんをクレナ達の元へ下がらせ、女神達に近寄る。
「これでいいのか?」
さっさとルナを解放しろ!
そして解放された瞬間、トカゲに丸焦げにされてしまえ!
体は震え、心臓は高鳴り過ぎて痛い。
どうか、俺も知らない俺の力よ。万が一の時はクソ雑魚な我を救ってください。
バンっ!と音を立て、玄関の扉が開く。
「し、師匠!!」
魔王が慌てた様子で声を上げる。
「魔王……」
助かった……
魔王がいれば女神達なんて脅威じゃない。
安堵した俺は魔王に笑みを見せる。
「死ねぇ!剣神!!」
帝国の女神の雄叫び、そして……激痛。
「あはははっ!人質を解放するわけないじゃない!貴方の関係者は……皆殺しよ」
倒れた俺の顔を踏みつけ嗤う聖国の女神。
「師匠ぉぉおおお!!」
消えゆく意識の中、魔王の悲痛な叫びを聞き、思う。
嗚呼、俺は……死ぬのか。




