慈愛の天使の如き姿
糞まみれの体を洗うため、風呂に入りたい。
だが、玄関で待ち構えていたクロエ、ルナ、クレナの三人に「糞を片付けるまで入ってくるな!」と真顔で言われてしまい、渋々三人で糞を片づけていた。
「魔王……俺達って何なんだろうな……」
「この世界を統べる神と魔界の王のはずですが……」
「どこの世界に糞にまみれながら糞を片付ける神と魔王がいるんだよ?なぁ!教えてくれよ!!」
いつも従順なクロエにまで真顔で拒絶されたのは傷ついた。俺だって好きで糞まみれになったわけじゃないのに!
「師匠落ち着いてくだされ。 こういった時の女性陣は強い……ですぞ。 師匠と我ならば世界を相手取っても勝利を得ることができるでしょう。しかし……今は我慢です。勝ち筋が……見えませぬ」
確かにあの汚物を見るような冷ややかな視線は辛い。
魔王を撤退させるなんて成長したな、クソ野郎!
「私は悪くない……悪くないのに!何故同じ対応なんですか!?女の子なんですよ!!?」
無表情でプルプル震えていたステラが怒りをあらわにした。
だが、俺達はステラに冷ややかな視線を送る。
「日頃の行いが悪いからだ」
「既婚者に妻の前で結婚を申し込む馬鹿が人並みの対応をしてもらえるわけがなかろうが」
ステラは膝から崩れ落ち、声を出して泣いている。
だが、同情する気が一切おきない。恨むなら自分を恨め、自分を。
しばらく作業して、片付けが終わった。
これで風呂に入れる……この匂いからやっと解放されるのだ。
「むぅ、そういえば世界樹の姿がありませんな」
「あれ?本当だな。 確かこの辺に埋め込んだよな?」
「そうですなぁ、埋め込んだ跡はありますな。だが、いない……いったいどこへ……」
ロリコン世界樹は自由に移動できるのか?
まぁ……どうでもいいか。
「あれはどうでもいい。居なくなったのならそれでよし。さぁ、魔王よ、風呂に向かおうぞ!」
「御意!これほど風呂が恋しい日は初めてですぞ」
ロリコン世界樹のことは綺麗さっぱり忘れ、玄関まで歩いて行く。
「片付けたです?」
鼻をつまみながらルナが待ち構えていた。
「ああ、綺麗になった。早く風呂に入らせてくれ!」
「くっせぇです……その服で道場に入ってほしくないです……」
まだ……まだ俺達を風呂に入れない気か!
俺は怒りのあまり、服を脱ぎ捨てた。
「これで文句あるまい」
全裸で無駄に堂々とする詐欺師。
生まれたままの姿だ。その目に焼き付けよ。
「な、何してるです!馬鹿かです!」
「ふっ、何を動揺しているルナ。神は基本全裸である、神々しいこの姿その目に焼き付けよ」
顔を真っ赤にして慌てるルナに更に追い討ちをかける。
「魔王よ、やれ!」
「御意!」
魔王は服を脱ぎ捨て無駄に堂々と腕を組んだ。
「そこをどけルナ。神とその従者の道を遮るな」
全裸で無駄に堂々としている男二人の相手は、普段悪女ムーブをかましているルナでもキツかったようだ。
ルナは泣きながら走って中へ入っていく。
「さぁ、行くぞ魔王!」
「はっ!」
「私も一応女なのですが……忘れているんでしょうね……」
俺達は遂に道場に足を踏み入れた。
だが、その時……
愛剣を手にしたクロエが現れた。
「ルナちゃんが泣いていました」
無表情で事実だけ口にするクロエ。
非常に怖い……剣を握っているその手が小刻みに震えていた。
「正座」
「はっ!」
クロエの命令をすぐさま形にした魔王。
こいつ……尻に敷かれてやがる……
夫である魔王が正座したことを確認すると、クロエの目が俺に向いた。
「師匠」
「は、はい!」
「正座」
「はっ!」
すぐさま実行に移す。
これは逆らってはいけない……魔王を味方につけても勝ち筋が見えねぇ……
次の標的はステラか。
ステラはクロエに嫌われている可能性が高い。
夫である魔王を奪おうとするわ、クロエを無きものにしようと戦いを挑むのだから嫌っていないほうがおかしい。
だが、クロエは……優しい笑みを浮かべ、ステラに近づいた。
「辛かったわね……早く上がってお風呂に入りなさい。綺麗な顔が台無しよ?」
クロエの優しい言葉にステラは涙を浮かべる。
「で、ですが!私は……貴方に酷い事を……」
「そんなことはいいの。初恋だったのでしょう?少しの暴走ぐらい仕方ないわ。私は気にしていません」
ステラの所業が少しの暴走?
すごいな……器がでかすぎる。
新婚旅行で行った素振りはクロエを十回りぐらい成長させてしまったのかもしれない。
「うわぁぁぁ、お姉さまぁぁぁああ」
泣きながらクロエに抱きつくステラ。
糞まみれに抱きつかれたのにも関わらず、クロエはそれを優しく受け入れる。
というか、お姉さまっておい……クロエを亡き者にしようとしていた超変態外道はどこへ行った。
「さぁ、お風呂にいきましょう?」
「うん」
少し幼児化したような気配があるステラを連れ、クロエは風呂へ向かった。
「ふふっ、流石は我が自慢の妻。慈愛の天使の如き姿よ」
正座しながら、誇らしげに胸を張る魔王。
これにて一件落着……なのか?
ところで、俺達は……いつまで正座していればいいのだろうか。




