魔王の師匠
約束の時間まであと少し。
準備を終え、暇だった俺は酒を飲んでいた。
「だからぁ、魔王は身体能力に頼りすぎなわけよ」
「なるほど……」
「身体能力なんて剣の世界では添え物なのよ。 バーベキューで例えるなら……椎茸だな、椎茸」
「ぬぅ?」
「あったら嬉しいけど、別に無くても困んない立ち位置」
「ですが、力を使わずに戦うなど、いったいどうすれば?」
俺は今、非常に気分が良い。
高級酒うめぇ。
早く受付嬢来ないかな。
高級酒に高級イカ。
そして、美人な受付嬢。
俺は今、世界一幸せなんじゃないだろうか。
「ひっく」
「し、師匠……どうかご教授ください」
「そりゃあお前、とりあえず受付嬢と触れ合ってみろ」
「ぬぅ?」
今から美人が来るのだ。
剣なんて忘れてしまえ。
「さすれば……剣の極意、掴めるやもしれぬ」
「な、なんと……」
訳の分からない会話を楽しんでいると、二人の女がこちらに近づいて来た。
「あ、よかった、ここで合ってたんですね。 お待たせしましたぁ」
「さ、先程は申し訳……」
美人な受付嬢と勿体なき才の受付嬢だ。
おなごが増えるとは……最高かよ。
「あ、ありま……」
勿体なき才の受付嬢が魔王を見て、気絶した。
「…ふむ」
「申し訳ありませぬ、師匠……」
「仕方あるまい。 こやつは、己の才気に振り回される程度の弱い意思しか持っていないのだ」
流石に顔を見ただけで気絶は失礼だろう。
確かに厳つい顔をしてはいるが、割と良い人なのに。
「才気にですか、なるほど。 その才気故に我の力に当てられたと」
「…ふむ」
「我を前にして平気なのは、師匠のような突き抜けた武人か、武の才が全くない者だけですからな」
俺が突き抜けた武人?
どう考えても、美人な受付嬢とお揃いで、武の才が全くない者だろ。
「ごめんなさい。 先程の失礼を謝りたいと言っていたので連れてきたのですが」
「いやぁ、構いませんよ。 それより今日は楽しみましょう。 高級イカもそうですが、酒もすごく美味しいですよ」
今日という日を楽しみたい俺にとって、いきなり潰れた勿体なき才の受付嬢は邪魔だ。
だが、潰れた女をそのまま放置は、美人な受付嬢の好感度が下がってしまうかもしれない。
「魔王よ」
「はっ!」
「そのおなごを椅子に座らせ、世話をせよ」
「……承知しました」
「魔王、抜かるなよ?」
「はっ!必ずや成し遂げてみせます」
そして俺は、受付嬢と酒を飲み、イカを食べる。
案外、丸く収まったな。
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「美味しい、想像以上です」
「そうでしょう、そうでしょう。 高級イカは酒の当てにピッタリでしょう?」
「これ以上ない組み合わせですね!」
中々のペースで飲んでいるが、全く酔った様子のない受付嬢のクリスさん。
俺も相当強い方だが、クリスさんも中々の酒豪である。
「ぬぅ! 頑張れ! 耐えろ!」
「はわわわわわ……」
勿体なき才の受付嬢のクロエと、魔王のコントはまだ終わりが見えそうもない。
「大丈夫でしょうか?」
「さぁ……?」
これで、気を失うのは何度目だろうか。
流石に可哀想で、俺は助け舟を出す事にした。
「魔王よ、変わろう」
「し、しかし……」
「あれは、クロエの問題だ。 まさかこれほどまでとはな。すまぬ魔王」
「ご期待に添えられず、申し訳なく……」
なぜか唇を噛みちぎりそうなほど、悔しがっている魔王。
だが、このままでは埒が開かないのは明らかだ。
それに、どうせなら魔王にもバーベキューを楽しんでほしい。
このバーベキュー、魔王が狩った高級イカのおかげで開催できてるし。
「魔王よ。 楽しめ」
「楽しめですか?」
「剣とは人生だ。 そして、人生は楽しんだものが勝者だ。 今、お前は楽しんでいるか?」
「……楽しいという感覚がわかりませぬ」
思ったより重症だな。
「美人がいて、美味い酒があり、最高の当てがある」
「し、師匠?」
「この状況で楽しめないなら…」
魔王はごくりと喉を鳴らした。
「それまでの才であった」
「必ずや成し遂げてみせます」
おー、楽しんでこい。
魔王理論では、クソ雑魚な俺の方がクロエの世話に向いているしな。
俺はクロエのほっぺをつんつんしながら、酒を飲む。
二十つんつんを超えたあたりでクロエは目を覚ました。
「うーん…… ここは……」
「…ふむ。 起きたか」
魔王が近くにいない事もあってか、取り乱した様子のないクロエ。
「そ、そうだ。 マオウさんは……」
「大丈夫だ。 今はクリスさんと童謡を全力で歌っている」
「そ、そうですか……」
あちらに混ざりたい。
美人と肩を組んで歌っている魔王は凄く楽しそうだ。
「ぐすっ……ひっ……」
「…ふむ」
安心したのか泣き出してしまった。
そんなに怖かったのだろうか。
だとしたら、悪い事をしたな。
「私、いつもこうなるんです」
「…ふむ」
「怖い人を見ると気を失って……周りに迷惑をかけちゃう。 そんな自分を変えたくて、冒険者ギルドの受付嬢になったのに、初日で失敗して」
ご、ごめんね?
そんな決意があったとは知っていたら、謎の強キャラムーブは封印したんだけど……
「挽回しようと謝罪にきたら、これです。 笑っちゃいますよね」
笑えない。
びびりを治そうと努力する幼気な少女。
その少女を脅して遊んでいた俺。
自然体ですでにホラーな魔王。
誰が悪いって、俺がダントツで悪いだろう。
詐欺師な俺も、魔王より格上の悪だったという事実を突きつけられれば、流石に良心が痛む。
「意思が弱いわけではないのだな」
「弱いですよ」
「本当に弱ければ治そうと努力はしまい。 勿体なき才と思っていたが、これは中々……」
とりあえず慰めたい。
強キャラムーブで全力で慰めたい。
「それ、本当だったんですか? クリスさんに聞いた時は冗談だと思ったんですけど」
「拙者はつまらぬ嘘など吐かぬ」
本当は嘘だらけの詐欺師だが。
「変わりたいです……私」
「すでにお主は変わってきている」
「へ?」
「お主の欠点は意思の弱さでは無く、周りが見えぬ事なのかもしれないな……」
俺は詐欺師。嘘のプロだ。
ならば、全力で優しい嘘を吐こうじゃないか。
「拙者は魔王の師匠。 この意味がわかるか?」
「マオウさんより強い?」
「そうだ。 そして……」
すまんな、魔王。ちょっと名前借りたぞ。
「お主は拙者相手に普通に会話している」
「あっ」
「人は成長するのだ、小娘。 お主は人を……自分を侮りすぎだ」
わんわん泣き出してしまったクロエ。
どうやら俺の嘘は、クロエにクリティカルヒットしたようだ。