バーベキュー
厳ついおっさんは魔王と名乗った。
嘘をつくならもう少しマシな嘘をついて欲しいものだ。
呆れた俺は、この近辺で最強の魔物である【クラーケン】を狩ることができれば入門を許すと言い捨てた。
言い捨てたのだが……一時間もしないうちに、クラーケンを担いだおっさんが再び道場に現れた。
「なぜそんな雑魚など……と、最初は思いましたが陸と海では勝手が違いますな」
「…ふむ」
この近辺最強の魔物が雑魚?
「神からの要求にしては優しすぎると感じましたが、海での戦闘を舐めていた我の考えを改めさせるためだったとは…」
何言ってんだこいつ。
「それで、入門のほうはどうなりましょうか」
「…ふむ」
魔王がごくりと喉を鳴らす。
「やり直し」
「やり直しですか……?」
「これでは、イカ焼きにできないでしょうが」
どうせならイカ焼きが食べたい。
俺はぐちゃぐちゃに潰れているクラーケンを指差し、おかわりを要求した。
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すぐに海に向かった魔王はしばらくすると無傷のクラーケンを担いで戻ってきた。
「いやぁ、無傷で殺すとは奥が深いですな」
「…ふむ」
パチ、パチ、パチ……
今俺は自称魔王とバーベキューをしている。
魔王がメインの高級イカを用意してくれたので、俺は適当に野菜と肉を買ってきた。
「うまっ」
「ほう……この様な調理法は初めてですが、素晴らしいですな」
「…ふむ、そうなのか?」
「ええ、いつもは出来たものを配膳されますので」
魔王の身の上話は割とどうでも良いが、無傷で殺すとは何なのだ?
「それで……入門させて貰えるのでしょうか?」
「…ふむ」
クラーケンを単独で狩れるほどの戦士が俺に何を習うと言うのだろうか。考えると笑えてくる。
「月謝は金貨で二枚になるがよろしいか?」
「金貨……ですか」
金貨二枚、家族四人が一月余裕で暮らせるほどの大金である。
あり得ないほど強気な値段設定には理由がある。
正直、手に負えないのでバーベキューが終わったら早く帰って欲しい。
「人の国の貨幣は持っていないのですが、これでどうでしょうか」
魔王の手が突如現れた暗闇の中に消える。
引き抜く様な動作をする魔王。
突如始まったマジックに興味津々の詐欺師。
引き抜いた手には、一振りの剣が握られていた。
「おお! 凄いですな!」
「気に入ってくれましたかな?」
人は感動すると拍手が止まらなくなるものなのか。
これは、世界レベルの大道芸だ。
「神剣が一振り、その名も【神怒】 これを納めることで入門させていただきたく……」
俺は詐欺師だ。貰えるものは貰っておこう。
それにしてもこの綺麗な剣———いくらで売れるだろうか。
「…ふむ。 入門を認めましょう」
「ありがたき幸せにございます。 それにしてもわかっていた事ではありますが……」
魔王が剣と俺、交互に目をやる。
「【神怒】の吸魔に全く堪えないとは……思い上がっていた過去の我を思うと恥ずかしい」
「吸魔?」
「【神怒】は、神剣の名に恥じない強力な剣ですが、その代償に常に魔力を吸われ続けるのです。 神の力を求めた哀れな英雄を吸い殺した逸話から、その名で呼ばれるようになった魔剣です」
俺は振りかぶって魔剣を投げ捨てた。
そして———方向転換して戻ってきた魔剣は俺の手に収まった。
「やはり、装者に選ばれたのですな。 常に魔力を吸われ続けるのは我には厳しかったので別空間に閉じ込めていたのですが……あるべき場所に渡り【神怒】も喜んでいますぞ」
「…ふむ」
「寝ている時も装者の魔力を吸い続けますからな…お気をつけを。 剣の神相手に剣を語るのは傲慢がすぎましたかな?」
これが、自業自得というやつか。
子供の頃に散々言われた躾の常套句「悪い子にしてると魔王が来る」には続きがあったとは……
魔王が来て、とんでもないゴミを押し付けられる。
誰が予想できようか。
「ああ、うめぇなぁ。 あ、魔王酒飲む?」
「是非いただきたく」
遺書を書こう。母様宛に。
【悪い子にしてると魔王が来てゴミを押し付けられるけど、魔王に悪気はない】と。
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「師匠、おはようございます」
「…ふむ」
人生最後だと思い、大好きな酒を浴びるほど飲んだのだが、途中から記憶がない。
魔王と肩を組んで、童謡を全力で歌ったところまでは覚えているのだが……
なぜ、魔王は道場を掃除しているのだろうか。
そして、何で生きてるの俺。
もしかして、家から追放された一番の原因である、魔力が全く無い体質のおかげか?
「おはよう、精が出るな」
「恥ずかしながら、昨日の指摘は反論の余地もなかったもので…… 下々の生活を知りもしないでわかり合いたいなど傲慢がすぎました」
俺は酔うと説教するタイプの人間なのだ。
全く覚えていないが、適当に言った何かが魔王に刺さったのだろう。
大抵はきもいで終わるが、稀に当たりを引く。
昨日の俺は舌好調だったようだ。
道場はピカピカ、非常に気分が良い。
少しは指導してやろうか。
素振りさせるだけだが。
「木刀を持ちなさい」
「は、はっ。 了解しました」
突如始まった、朝の鍛錬。
魔王は緊張した様子で木刀を取りに向かった。
「して、何をすれば」
「素振りを見せてみなさい。 素振りは、剣の全てと言っても過言ではない。 基礎にして奥義……心して取り組みなさい」
「はっ!」
自分でも何言ってるのかわからないが、後は頃合いを見て止めて、適当にそれらしい事を言えば良い。
「はぁぁぁあッ!!!」
とてつもない速度で木刀を振る魔王。
隣に立ち、魔王の素振りを見ていた俺は、風圧で尻餅を突いてしまう。
そして———道場に穴が空いていた。
「ど、どうでしょうか師匠」
「…ふむ」
何が起きたのかがよくわからない。
だが一つだけ言える事は……虫が入ってきそうで嫌だなぁ。




