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恋愛蹴球  作者: ひろほ
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お仕置き

一体、何が始まるのかと思えば、風太郎さんは俺に見慣れぬ用具を手渡してくる。

いや、確かに見慣れてはいないけど、それが何なのかは直ぐに分かった。

ヘッドギア―――だったと思う。

それも顔の部分に透明な樹脂素材の面が着いているものだ。

背面のマジックテープを取り、おっかなびっくり装着する。


「えーと、これってやっぱり?」

「そ、スパーしてもらうよ。もちろん、加減はしてもらうけどね」

「あの、これって田村さんがメリットないんじゃ?」

「もちろん、田村さんにはあるルールに従って手加減しやってもらうよ。で、君はとにかく逃げ回ってもいいし、攻撃してもいい。僕が「田村さん」と声をかけたら、とある行動をするから、その声にも反応してほしい」


喧嘩もろくすっぽやった事のない俺が、ボクサーとスパーなんて何の冗談だろうと思った。が、不思議なものでプロテクターを着けてもらい、グローブを嵌める頃には一端の格闘家になった気がしてしまう。

それに、風太郎さんのトレーニングには、格闘技練習も含まれていたし。


「メンタイ、確認しますね」


と、田村さんは頭の防具のチェックをし始める。

ふむ、ヘッドギアではなくて、メンタイと言うのかー。

などとのんきにトリビアを取得している場合ではなかった。

スパーが始まると当然の事ながら、ボコボコにされる訳である。

運動神経や反射神経、動体視力は並以上だと自信があったが、そもそも見えないのだからどうしようもない。

そんな調子で、インターバルに入るまでされるがままに蹂躙された。

軽く打ち込んでいるであろうパンチは、防具の上からでも重く響き、痛みと恐怖を植え付けた。

本当にハンデを貰っているのか? なんて訝しんでいると。


「拳ばっか見てると、避けづらいですよ」


 田村さんからのアドバイスを頂いた。


「ふむふむ、そしたら、どこら辺を見るのが良いんですか?」

「僕は肩とか胸あたり……かな? こう、ボヤって見てる感じで、体の周り、全体を見るみたいなイメージ」


周りをボヤっと見る。

確かに全体を見て、動き始めや予備動作を捉えた方がかわしやすい。

が!! トップレベルのボクサーの拳に注目するなっていうのも、難しい話だ。

そもそも……動きの『起こり』を少なくしているのだから、拳の恐怖を越えて周辺視が出来たところで、見つけられるものだろうか? というのもある。


「あのー…………体のどの部分が一番はじめに動きますか?」

「えっ!? 凄いな、敵に堂々と聞けるなんて……嘘を吐くかもしれないよ?」

「僕みたいな素人にアドバイスをくれる人が

、まさか騙すとは思えませんし、田村さんの練習にもならないですもん。そもそも敵じゃないですし」

「そこまで考えてるのかぁ。風太郎さんが気にいるはずだよ。っと、動き出しでしたね。基本的にはステップからだよ」

「てことは足ですか」

「うん、ジャブにしてもフックにしても、足を前に出したり、地面蹴ったり、捻ったり曲げたりはするからね」


言いながら、軽くシャドーボクシングを見せてくれる。

それにゆっくりと、大袈裟に足を動かしてくれた。

なんて良い人なんだろう。

俺なら素人に練習でも避けられたくないと思うけど。



「もちろん、フェイントもありますが。というとなんか騙そうとしてるみたいだけど」

「いえ、ありがとうございます!」

「さて、2人の話がまとまったところで、第二ラウンド行こうか!」


風太郎さんに促され、枠線の中に入る。

ステップ……か。

相手の足運びまで気が回らなかったな。

だって怖いんだもん。

それに、ガードを固める。

これが良くない。

グローブで視界が狭まる。

メンタイ? と呼ばれるヘッドギアも相まって見づらい事この上ない。

けど、怖いんだもん。

まぁまぁ、落ち着け俺、防具は沢山身につけているし、手加減してくれている。

死ぬ事はない……痛いけど。

勇気を持って、手を下ろしてみるのだ。

あとは立ち方。

サッカーをする時のように、自然体に。

どっかりと腰を落としてしまえば機敏に動けなくなってしまう。

俺の知っているボクシングとはかけ離れた構え方に、本当にこれでいいのか? と自身に問いかけた。

確かに、力感りきかんがないのに重たいパンチだが、田村さんに倒す意思は感じられない。

防具も有れば、何かしらのハンデを負っているらしい事も確かなはず。

あれば、そこまでの脅威は無い。

と、言い聞かせるように自分に答え、恐怖を和らげようとする。

冷静になれ。

龍や泉、加持と同じく田村さんもスペシャルな人間だ。恐怖にのぼせ上がった頭では太刀打ち出来ようはずがない。

集中しろ。

一点ではなく全体に……いやこの空間にすら意識を配れ。深く広く大きく高く視なくては田村さんの挙動を捉える事など出来はしない。

ゆっくりと、細く、弱く、大きく息を吸う。

肋骨が体を持ち上げた。

口元が暖かくなるほどに優しく、苦しく、息を吐き切る。

腹筋が体を矯めた。

瞬間、体を弛緩させる。

重力の重みと弾けるような解放感を感じると同時に、落ち着いた思考と燃え上がる心が同居した。

カチリ、と、スイッチの入る、音が、する。

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