トレーニングマッチその後
「さて、と……どっから話したら良いもんかな……」
試合後の閑散としたベンチに俺と監督の二人が横並びに座っている。
頭をボリボリと掻きながら監督は先程の言葉を呟いた。
「男なんだから、喧嘩の一つや二つして、大いに結構。が、それはピッチの外でやれ。あの蹴りだけじゃないぞ? その前のシュートだって、わざわざ相手の鼻先にステップしただろ?」
あ、バレていたのね。
「すみません……」
「俺よりも相手に謝れ、な?」
「……うす」
そういや相手に謝っていなかった事に気付く。
今からでも謝りに行った方が良いのだろうか。
「―――で、大人としてのお説教はコレで終わり。個人的には、気持ちは分からなくもない」
俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でながら、監督は続けて話した。
「つーか、俺もピッチに居れば、同じような事をしてたかもな。チームメイトの為に怒れるってのも良い事だと思うし、負けん気の強さも買おう。まぁ、少なからずお前にも処分が加わる事になるだろうけど」
「処分……」
「最悪、出場停止180日ってとこだろうかなー」
「ひゃっ! 180!?」
「もちろん、最悪な想定だからな? 大体三十日単位で考えておいてくれ。もちろん、なるたけ短いようにはこっちも頑張るけども。三桁切るとは思うが、お前の場合、最悪のケース言った方が響くだろ? まぁ、六十日くらいかねぇ……?」
『最悪』なんて言葉は耳に入ってこなかった。
180日―――毎週試合があるとして、ざっと二十五、六試合は出られないじゃないか。
これでは代表へのアピールどころではない。
自分がしでかした事がどれだけ大変な事かを、更に実感した。
「―――って事がありました」
「〜〜〜〜っ」
そんな事を、目の前に居る風太郎さんに伝えると、笑い声を殺した音が漏れてくる。
「いや、ごめんごめん、あまりにも極端で千紘君らしからぬ行動でさ。そういう激情っていうのは喜ばしくってね」
人の失敗を笑うとはなんて失礼な。
とはいえ、喜ばしい? 激情に駆られて、やらかす事が喜ばしい?
「…………何がそんな嬉しいんすか?」
「アスリートっていうのは、何処か感情も人並み外れている人間が多い…………と僕は思ってる。メンタルが身体に及ぼす影響も馬鹿にならないしね。『集中』という意識的なものにおいても、『興奮』っていう自律神経が及ぼす作用についてもね」
「感情的な事がいいって事ですか?」
「我を忘れるなんて言葉があるけど、千紘くんはその時、サッカーなんて忘れる程、集中していたんじゃないかな? 君がそれだけの事をしたんだ、それだけ深い集中だったと思うよ」
深い集中―――と言えば聞こえが良いが、的確にアイツの鳩尾に蹴りを入れようと意気込んでいた。
まぁ、実際ぶち込んだけど。
「正直、ぶっ殺してやろうとしか考えていなかったです」
「ね? 感情と集中って無関係じゃないでしょ?」
少し強引な気がするけど、意気込みとかやる気が有る無しでプレーの質は大きく変わるのは事実だ。
「でも、周りが見えなくなるくらい集中するってのは、良くない事もある気がします」
「そうそう、千紘くんの武器だって関係ある事だろうね」
「…………もしかして、見よう観ようと集中すると良くないって分かってました?」
「うーん、分かっていたというより、上手くいかないとすれば、それだろうなぁって」
「それなら先に言ってくださいよ!」
まったく……依子さんとの関係修復という対価を既に払っているというのに、なんという仕打ちだ。
「いやね、見よう観ようとしなくなるのも怖かったんだよ。上手くいかないようなら、ビジョントレーニングも考えていたしね」
一度でも生まれた猜疑心は強く、本当だろうか? などと考えてしまう。
「そのビジョントレーニングって、僕の武器の訓練にもなりますか?」
その場しのぎのデマカセなら、はぐらかすか誤魔化すかするだろう。
「お、もちろんだとも! その為の講師も呼んであるよ」
「マジですか!?」
話が早い、というよりも準備が良すぎる気もする。
しかし、願ったり叶ったりなのは間違いない。
「と、いう訳でこちら、全日本アマチュアボクシング3位の田村さんです」
近場でさっきからシャドーボクシングをしていた人をいきなり紹介された。
俺よりも15センチ近く低い小柄な体格だが、厳格そうな顔付きから歳上だと思われる。
「よろしくお願いします」
「あ! よろしくお願いします! 磐田です」
「さーて、最初は二人でビジョントレーニングをしていこうか!」
それから小一時間程、様々な用具を使い、お互いを競わせるように見る―――視ると言った方が的確だろうか―――視る力を鍛えていった。
今までやった事がある程度にしか、経験していなかったビジョントレーニングはとても新鮮で、直ぐにでも効果があるように感じるのだから不思議なものである。
「さて、と……荒療治と促成栽培の時間だよ」




