トレーニングマッチ8
ザワついたピッチ内外。
いつの間にか立ち上がっていた七番に詰め寄ろうとした。
ガシッと肩を掴まれ、歩みを止められる。
「落ち着け、千紘」
龍が俺の行動を先読みしたようだ。
「ああ? 落ち着いてられるかよ、これでアイツがサッカー出来なくなったらどうすんだよ」
トップチームに上がるかもしれない、と松本は言っていた。
そんな逸材を、こんな試合で壊されたと思うと、怒りは留まるところ知らなかった。
「頼む、落ち着け。お前も退場したら、いよいよ試合どころじゃなくなる」
「……」
懇願する龍。
その姿、行動は、とても珍しいもので、ついに言葉を失ってしまう。
「こんな荒っぽいチームに、負けたくねぇ。確かにそこそこの強豪校なのかもしれないけど、こいつら、勝たなきゃって気持ちが強すぎる。つーか、負けるのが怖いって感じで、サッカーを面白そうにしてねぇんだよな」
「どうした、一体?」
相手チームの心情なんて、考えた事もなかった。
それを龍がわざわざ言ってくるなんて、それも不可解だった。
「このゲーム……お前に託すぞ」
「監督に言ってくれ」
「ああ、そう伝えておく」
龍がその場に座り込み、頭上でバッテンを作る。
「は? 龍!?」
「あー……ダメだ、時間経って痛くなってきたわ」
フリーキックで俺に蹴らせて、そのこぼれ球を狙う。
そんな戦術も、強いボールを蹴れないから、少しでもゴールに近づきたかったんじゃないか?
さっきのコーナー際のドリブルとパスもそうだ。
トップスピードで切り込む事もせず、至極普通なパスも、痛めていたから出来なかったんじゃないか?
そう思うと、強い当たりに慣れていると、高を括っていた俺への怒りが込み上げる。
少し前まで中学生だった体が、頑丈である訳がないのだ。
そして、龍が俺に試合を託す、と願った。
様々な怒りは、情熱へと変貌を遂げ、同時に冷酷な感情も現れた。
「任せろ、龍」
担架とおんぶで二人の選手が―――いや、戦士が戦場を後にする。
ホッとしたような表情を浮かべる敵は、どんな思いからそうなったのだろう?
大事が無いようで安心した?
それとも、エースが二枚潰せて、負けは無いと安心した?
どちらにせよ、お前らの態度が気に食わない。
「磐田、お前がキャプテンだってよ。おーい! ポジションはそのままなー!」
交代で入った選手が、松本の代わりをしろと伝えてきた。
いいだろう。
キャプテンマークに袖を通すと、松本の魂まで流れ込んでくるように思える。
「―――――――っしゃあっ!」
短く吠えた。
体が震える程の興奮を、発散しなければ自分の体が壊れてしまいそうだった。
リスタートのフリーキックからのパスを呼び込み、しっかりと受け取る。
相変わらずドン引き状態で、前を向く事は容易に出来た。
もちろん、チェイスしてくる敵が居るが、関係無い。
思いきり踏み込み、思いきり右足を振り抜く。
ハーフウェイライン付近から、無謀とも言える距離。
俺なりの宣戦布告を受け取れ!
ロングシュートは枠内に入ったものの、キーパーに弾かれた。
「ちっ……」
苦し紛れでも何でもなく、得点を決めるつもりで放ったのが失敗に終わり、つい舌打ちをしてしまう。
そして、相手の攻撃だが相変わらず雑なロングボールの放り込みだ。
簡単にボールを奪うと、パス回しを始めている最中、再びボールを呼び込む。
またも俺はロングシュートを狙っていった。
二度目は無いだろうとでも思ったか?
何度だって狙ってやるよ。
二度目のシュートもゴールをゲットするには至らなかったが、虚を突かれた相手の顔が見れただけでも十分だ。
「こぼれ球狙ってけよー!」
さて、これで意識づけは出来ただろうか。
もちろん得点をする気ではあるが、狙いは別にある。
くっそつまらないサッカーを続ける輩達の単調な攻撃は、またも淡白に終わり、三度こちらのボール回し。
ゆるゆると俺は前線に上がっていく。
相手の守備ブロックの手前で、横に動き、ボールを要求した。
まあ、二回も同じ事をやれば、相手も気付くだろう。
それに、先ほどよりもゴールに近い。
当然、シュートコースに入るように、相手が飛び込んでくるが、それを簡単にいなす。
そして、ドリブルを開始した。
どうだ? 打ち気満々な人間をフリーにさせるのは怖いだろう?
飛び掛かるように当たってくる相手。
当たってくると分かってくるのならば、衝撃を逸らす事は容易い。
風太郎さんのトレーニングも相まって、大して態勢を崩される事なく済んだ。
そうそう、ついでに肘も当てておく。
いや、何もプロレスのようにエルボーパットをしたわけではない、ただ肘に相手が飛び込んできただけである。
次に相手が来るのが見えると、大きく振りかぶり、シュートの態勢に入る―――フリをする。
普段ならばかかりもしないだろうキックフェイントに、相手は上手い事飛び込んでくれた。
横にシンプルなステップでかわし、フォローに来た選手を視界に捉える。
俺がまたも大きく振りかぶると、その選手はフェイントにかかるまいと、勢いを弱めるのを見逃さなかった。
今度こそ思いきりシュートを打ち込む。
とはいえ、怒りや勢いに任せて、ではない。
必要な分の力で、必要な分の踏み込みで、必要な分だけの全力を込めて、自分でも恐ろしい程に冷静にボールをしかとミートした。
ゴールの右隅に糸を引いたように真っすぐと伸びたボールは、キーパーの指を吹っ飛ばしつつ、コースも逸れる事すらなく、突き刺さった。




