トレーニングマッチ4
下がり目のポジションのアンカーである俺が、ドリブルで抜いたという事は、数的優位の状況で、多くの味方がパスを待っているという事。
フィールドの中央を過ぎた辺り、相手が『ヤバイ』と感じるには十分な位置だ。
この状況で一番やられたら嫌な事。
フリーでボールを持っている俺へ誰か一人チェックに行ったタイミングでパスを出される事だろう。
既に一人抜いた状態で、もう一人俺にリソースを割くのなら、更に数的不利に落ちいる。
かといって、俺をフリーにするわけにもいかない。
となれば、マークの相手をスライドして、俺にプレッシャーをかける。
それが最善ではないにしろ、正解に近いだろう。
と、大仰に思考したが、どんなチームでも当たり前にやってくる事ではある。
なら、その当たり前を崩すにはどうすればいいか?
有利な状況ならば、当たり前を続ければいいのだけれど、リードもしてるし大胆にプレーしても問題ないだろう。
引き付けるとか。
マークの受け渡しの隙を突くとか。
後ろの選手の上りを待つとか。
スペースに出すとかそういうのを一切無視して、マークをガッツリ背負っている龍にパスを送った。
ボールを与えられ、活き活きと動き始める龍。
パスはきっと出さないだろうな、攻めに転じるまで時間がかかったからフラストレーションを溜めているだろうから。
なので、大人しく俺は定位置に戻っていく事にした。
龍はボールをこねくり回して、相手を抜きつつ反転を狙っていたが、激しい当たりに体勢を大きく崩していく。
折角のチャンスを潰してしまった。
「と、思っているだろう? 慣れてんだろ、龍」
一人、呟く。
何度も龍を潰そうとしてくるチームを見てきた。
それでも奴は輝きを失う事はない。
ボールを奪うまで、安心してはいけないのだ。
横浜龍という男を相手にする時は。
躓いたように吹っ飛ばされた龍だったが、獣のように手を付けて四つん這いの状態から、右足を動かし、ボールに触れる。
立ち上がりなおした時には、既にボールをコントロール下に置いていた。
奪おうと再度龍の背後から襲い掛かってくるが、それじゃ遅い。
前に進むなら、その他の方向へ動きづらくなるだろう?
体勢を立て直す、いや、立ち上がる前には動き始めておくべきだった。
背中に目があるかのように、敵DFが伸ばした脚の反対へ回転しながら前を向く。
そのまま抜き去り、目の前にはゴールキーパーのみ。
シュートをもちろん狙うが、横からのスライディングにボールを弾かれてしまった。
背中には七番の文字。
まさか、あそこまで下がっていたっていうのか。
いよいよもって龍にもこの献身性をミリ単位で良いから見習ってほしいものだ。
吹っ飛んだボールはそのままサイドに流れ、ごちゃごちゃワーワーとボールを取り合った後、あちらボールのスローインとなった。
「さあて、本格的に、実戦的に試させてもらおうか」
先ほどの七番のマークにしっかりと着く。
まずはボールを入れさせない事だが、ピッタリとマークしてしまっては、ヨーイドンでは勝てはしない。
パスコースに入れるのならば、蓋をし、スペースに走り込もうとするならば、そこへ圧力をかける。
そうやって、どうにかして相手を自由にさせないよう注力した。
それでもボールが入る時は入るもので、いよいよ本番というところである。
愚直と言える程のボールを追いかける人間だ。
きっと、責任感は強いのだろう。じゃなきゃ、あそこまで下がって守備をしない。
なら、ビハインドで攻めるにしても仕掛けるにしても、軽はずみなプレーはしてこないだろう。
予想通り、こちらの顔を見るに、冒険はせずに横にパスを出して味方に繋いだ。
しかし、そのパスはトラップミスからこちらがボールを奪う事となる。
よし、儲け儲け。
「って、なんだこりゃ……」
七番を残して、後の選手は後ろにごっそり下がっていた。
ビハインドのチームが取る手段とは思えなかったが、龍の攻撃力を注意をする為だろう。
その証拠に龍が二人に挟まれていた。
「練習試合でドン引きカウンター? しかもビハインドで?」
それなら、こっちはダラダラとボールを回すだけだけど。
と思いきや、めっちゃ走る。
もう、終盤のルーズボールの奪い合いかと思うくらい走ってきた。
「こりゃ、流れ変わるかもしれんね」




