トレーニングマッチ3
点を取られたのなら、攻めなくてはという気持ちが強くなる。
それが焦りなのか、モチベーションなのかは違いがあるとして、チームにしても個人にしても変化が起こる事は確かなのだ。
守備に重きを置く、カウンター主体のチームだとしても。
とにかくボールを奪われないように慎重になるだろうし、これまで以上に龍への注意を払うだろう。
そんな状況で俺―――アンカーの役割と言えば、相手の攻撃へのけん制だ。
動きで、ポジショニングで、声掛けでとにかく自由にさせない。
が、それだけではダメだ。
ボールを奪う事が守備の目的なのだから。
「焦らない焦らない……と」
自分に言い聞かせながら、相手の自由にさせない事に注力する。
相手が焦れてしまうまで、こちらから仕掛ける必要はない。
どうしたら良いか分からない時に、ふと隙が見えれば、途端に食いつくことだろう。
罠を仕掛けるのは、何も攻撃側だけではないのだ。
「さて、そろそろいけるか?」
相手がボールを保持して二分ほどは経っている。
電光石火のカウンター攻撃であれば、軽く四回は行える時間だ。まぁ、それと比べるのもおかしな話ではあるけれど。
とにかく、じっくり時間をかけてといえば聞こえが良いが、停滞していると感じるくらいには時間を使ってしまっている。
俺のマーク対象である七番は、献身的に上下動を繰り返す事を厭わないタイプで、ボールを受けによく走っていた。
いやはや、龍もこんくらいしてほしいものだ。
さて、そんなチームプレイに優れる七番から、視線を切る。
その隙を見逃さず、動き出し、七番はボールを呼び込んだ。
「残念でした」
何もみすみす視線を切ったわけではない。
相手のボールホルダーが、こちらの選手にチェックを受けている最中にやった事だ。
その結果、七番がフリーになったとしても直ぐにパスは出せず、僅かな時間遅れてしまう。
何より、パスコースが分かりやすくなるのだ。
スピードに不利があろうと、出しどころに最短距離で走り込めば、そうそう負けるものではない。
幸い、分かりやすい罠に引っ掛かってくれたおかげで、予想通りボールを奪う事に成功する。
さて、このままボールを龍や他の選手に預けても良いが、パスカットしたので余裕はある。
ならば少し、持ち上がるとしようか。
色々試したい事もあるし。
と、ドリブルを開始すると、七番が必死に追いかけてくる。
素晴らしいスピードで、一気に距離は詰められた。
ああ、分かっているさ、スピードでは勝てないだろう。
『追いつかれそうになったら、ストップ&ゴーかパスを出してくるだろう』と思っているだろう?
そして、ついに七番は並んできた。
それでいい。
備えるんだろう? 俺の仕掛けに。
安心しているんだろう? 追いつけた事に。
ホッとしているんだろう? スプリントしなくてもよくなると。
だが甘い。
このまま並走してもらう!
少しだけ虚を突かれたような息が漏れるのが聞こえた。
――――――今だ!
急停止し、相手との距離を空ける。
初見じゃ見抜けはしないだろう、依子式ストップ&ゴーを食らうが良い!
相手の重心、態勢を良く見定め、進む方向を決める。
観察する力の向上は、これにも作用しているようだ。
スピードで勝っているのは、相手が一番分かっている。
ならば、余計にその場に止まるだろう、と予想していた通り、七番は体勢を整える事に注力した。
しかし、俺は勢いを殺し切っておらず、勢いをやや保ちながら、七番の横を抜けていく。




