トレーニングマッチ2
落ち着け、弱点を突く。
それは変わりない。
フィジカルが弱いならフィジカルで勝負する。
足が遅いならスピードで。
そう、たかがそんな事である。
マークに付く相手の弱みを、見つけ出すようにすればいいのだ。
けれども、だ。
例えばドリブルで一人抜くとしよう。
そうしたら他の選手が来るだろう。
ということは、コイツにも対応するようにしなければならない。
下手をすれば、十一人分のデータを取るはめになるのか?
いやいやいや、それはあまりにも現実的じゃ無さすぎる。
とはいえ、何も対策しない訳にもいかない。
押し問答を繰り返すように、思考はループする。
こんな事を考えている場合ではないのに、一度囚われてしまった脳内は、なかなか沼から出てきてくれはしなかった。
「ピィー」
と審判の笛で意識が戻る。
どうやら、うちのチームがコーナーキックを貰ったようだ。
身長の高い部類である俺も、ゴール前に駆け寄っていく。
にしても、この学校の選手たちは背が高い。
龍を差し引いたとしても、平均身長が2~3センチは違うだろう。
となれば、空中戦をまともやっても勝ち目は薄い。
鋭いボールをスペースに蹴り込み、それに合わせるのが常とう手段だ。
ショートコーナーを使い、地上戦でも良いだろう。
「ん?」
待て、待て待て待て。
俺は今、何を考えた?
『空中戦をまともにやっても勝ち目が薄い』って事は、相手のストロングポイントって事だよな?
となれば、相手もその自信や誇りがあるわけだよな?
身長なんて、分かりやすいんだから。
相手が、強いと思っている、自信を持っている事。
それこそが癖じゃないか!
相手もきっと思っているだろう、俺達が空中戦では分が悪い、と。
そこを突く。
裏の裏をかく。
分の悪い勝負を挑む事と同義で、本来ならば避けねばならない。
しかし、これは『チーム戦』で『攻撃』なのだ。
個人の一対一の守備とは真逆。
失敗したとして、ただ『得点できない』だけの事。
一度、ゴール前から離れ、相手の選手たちを見つめた。
――――――ここだ。
「龍!」
ハンドサインを龍に送った。
バレバレになっても構わない。
いや、むしろバレてもらった方が良いかもしれない。
「ふーん」といった表情で、手を挙げて応えるキッカーの龍。
通じてほしいものだけれども。
ボールをセットし、助走を始める前に、俺は軽く動き出した。
きっと龍にも見えている事だろう。
俺が狙うのは、空中戦の人員の中でも一番低い選手のエリアだ。
強みの中の弱み。
自信の中の綻び。
誇りの中の緩み。
それを俺は突く。
相手も分かっているだろう。
空中戦なら、このポイントが弱い、と。
だから、注意をするのだろう。
そして、俺を注視するのだろう。
ボールが蹴り込まれ、俺以外の選手も動き始めた。
俺を止めるために、他の選手が弱点のフォローで近寄ってくる。
それでは遅いし、間に合わないだろう。
せいぜい、俺のヘディングのシュートコースに入るくらいしか出来ないはずだ。
ついにボールが蹴り出され、大きく打ち上がったボールに注視するもの、一度選手に目線を切るもの、様々な思惑が飛び交うゴール前。
いや、すまんね、皆が色々と考えている中、俺だけが違う事考えていて。
グッと踏み込んで、飛ぶ。
こちらの予想通り、比較的身長の低い敵は、必死に体を寄せるだけで終わった。
フォローの敵も、同じように俺の目の前を塞ぐに留まっている。
「ま、何もしないんだけどね」
落下し始めた俺の頭上をボールが通過する。
当然、俺と同じタイミングで飛んだ敵二人も落下していた。
その二人は鋭く曲がるボールを見送りながら、地面に着地する。
その時には、既にボールはゴールに突き刺さっていた。
「千紘ーーーー!」
ちびっ子が俺に飛びつく。
得点出来た事がとても嬉しかったようだ。
「痛てぇよクソ野郎」
「直接決めるなんて、久しぶりだ! ナイス囮!」
「へーへー、ありがとうごぜぇますだ」
俺が龍に示したハンドサインは、『直接狙え』というものだ。
チームのサインではなく、俺らがガキの頃に何となく意思疎通に使っていたものだけど、通じたようで何よりだ。
裏の裏―――それは俺が突く。
少しでも有利な裏の裏を。
しかし、本命はそのまた裏。
いや、素直に裏を狙った。狙わせた。
「龍さ、お前、攻める時、相手がどう来るとか考えるか?」
「……まぁ、な……」
いや、絶対嘘だろ、その歯切れの悪さは。
「ほほう?」
「んだよ、俺にフィジカルで勝負してくる奴ばっかなんだから、それを俺が考えてるかってのは微妙なんだよ。当たり前の事だから」
強みで勝負してくるのは当たり前の事。
それは、弱点を突く事とは、若干の違いがある。
攻撃とは、こちらに主導権がある、その事をすっかり忘れてしまっていた。
相手の強みを理解出来れば、そこを避ける事も、あえて受ける事も、そして、その狙いの裏をかく事も出来るのだ。
その気付きは、俺に大きな希望をもたらした。




