見方と味方
本当に何となくだが、少しずつ見えてくるようになってきた。
これがシュートだけではなく、ドリブルやパスなどの他のプレーにも生かされれば、武器となる確信が出てくる。
人によって感覚は違うのだろうが、ボヤっと見るのを意識すると、分かりやすい気がした。
意識しているのにボヤっと見るとは、何だか矛盾しているような気がするが、凝視し過ぎないということだろう。
「横浜ー! 回転かけてみてー?」
ゴールポスト際に立つ松本が龍に指示を出す。
龍はしめたものだ、と嬉しそうに足の内外を巧みに使い、性格と同じようにひん曲がったシュートを打ち続けた。
しかし、回転をかけるだけで、ここまで止めづらくなるものか。
「インパクトの時、何処で蹴っているか見てみ? 動かんでいいから」
「インパクトの時、ね」
親指に近い部分で、ボールの下。
蹴り足とは逆の方向に曲がっていくだろう。
しかし、コースはよく分からない。
続けて、今度はボールにしっかりと足が隠れた状態のインパクト。
ストレートかシュート回転のボールだろうか。
どちらのボールが来るかも分からないまま、コースすらも分からない。
「何となく、どんな回転か分かるっしょ?」
「まぁ、本当に何となくだけど……」
「インパクトまでは今まで通り見て、瞬間そこに注目する、みたいな感じかなー?」
「いや、本当に松本くん、指導者に向いているわ」
「おいおい、まだまだ現役なんだけど」
おっと、これは失礼な事を言ってしまった。
見方の切り替え、か。
インパクトの時に切り替えようと意識すると、つい助走までも凝視してしまう。
反対に、ボヤっと見ようとするとインパクトには間に合わない。
ただ見るだけなのに、難しい。
「あー、何か、上手くいかなくてモヤモヤするーーー!」
「慣れみたいなもんだからなー、これは」
「つーことは時間がかかるって事か……」
「どだろ? 俺は直ぐに出来たってより、いつの間にかやってたって感じだし」
「マジか……」
やっぱり松本も天才と呼ばれる一人なんだろうな。
「自分の中でリズムを作るのも良いかもね」
ボヤー……パッ。なんていうリズムを心の中で呟く。
なんとなくではあるが、掴みやすくなった気がした。
同時に段々と、見る事に慣れてきた気もする。
「なんていうか、見ているようで見ていない、見ていないようで見ている、みたいな感じがあるんだよな」
「よく分かんねーっす、先輩」
「見るべきところだけ見れば良いみたいなさ、そんな感じがあるんだよね」
周辺視をしながら、抑えるべきところはしっかりと見ている、という事だろうか。
ん、抑えるべきところ……?
サッカーで抑えるべきところ、ボール以外に無いじゃないか。
もしかして、だけど、ボールを中心に周りを広く見ると良いのか?
結果として、その見方は俺に合っていた。
ボールを操る選手も同時に捉えるくらい、広く見る事が何となく馴染んでいる。
感覚的なものだから、誰しも当てはまる訳ではないだろうけども。
シュートを止められないが、コースの予測は精度が大分高くなった。
進歩出来ると、新しい事を試してみたくなる。
「ちょっと、二人、手伝ってほしいんだけど?」
「お、どうした?」
「ん? PK終わりか?」
駆け寄る二人に話を続ける。
「パス出しからの一対一、やってみても良い?」
「へー、なんか掴みやがったか。松本くん、パス出し良い?」
「あいよ、磐田を剥がしてから、ボール入れる感じでいいよな?」
「ベスト!」
そう答えて、グローブを松本に返却した。
龍は既に離れて、臨戦態勢となっている。
意気込みを胸に、俺は適当に距離を空けて、パスコースを切りながら、龍の前に立った。
「行くぜ! 千紘!」
爆ぜるように駆け出す龍。
敵にするとここまでのものかと驚愕した。
龍の全体を見るように、ボヤっと見ながら、動きに合わせる。
背後に松本の気配を感じながら、パスコースは常に塞ぎ、龍のフェイントに対応した。
上半身だけ振って、逆へ動く。
クロスステップしてターンする。
ピタッと止まって俺を遠くへ流す。
などなど、動き出しだけでも、様々なフェイントをかけながら、龍は松本からのパスを受け続ける。
トラップした時点で、俺を引き離しているのだから、止める手段などありはしなかった。
「おいおい、どーした? 全然変わらないじゃんか」
「まぁ、見とけ」
これで良い。
自分が思い描いた予想と、現実の差を少しずつ埋めていく。
今はただの確認作業だ。
もう何度か、してやられたところで、ついに掴んだ。
というよりも、気付いたという感覚が近いだろうか。
騙し絵や錯視を解いた時のように、見方が分かったのだ。
「待たせたな、龍」
「……そうこなくっちゃ」
また龍が動き出す。
体の向き、視線、リズム、足の踏み込み。
それ以外の全てが、俺に情報を与えてくれる。
さっきまで違い、剥がされる事はない。
何とか、という感じで龍はようやく松本からのパスを受けた。
さて、ここからが本番だ。
追いつくだけなら、意味が無い。
龍を倒す。
そのレベルまで、俺は上がる。
「止められるもんなら、止めてみろ!」
龍の弱点。
もちろん、フィジカルの弱さである。
それを感じさせないテクニックを龍は持っている。
しかし、体の弱さを隠す為、不利に思わせない為のそのテクニックが仇となる。
龍、お前は崩さないと抜きにかからない。
それがお前の隠れた弱点。
駆け引きなんかでは克服できない事実。
そこを突く。
体で、足で、ボールで、俺の体の反応させて揺さぶる。
敢えて、それに付き合い、体を崩される――――――フリをする。
予想通り、仕掛けてきた。
とんでもないスピードだが、来ると分かっていれば対応はいくらでも出来る!
体を素早く寄せて、肩をぶつける。
今度はお前が態勢を崩す番だ。
虚を突かれたような龍はお構いなしに、ボールをチョンとつつき、龍のコントロール下から外した。
「…………どうだ?」
「ちっ、マジかよ」
悔しそうな龍の顔。
それが通用した証明だ。
まだまだ精査は必要だけども。
これで―――これで化け物じみた天才どもと戦えるようになるだろう。




