スランプ
はっきり言う。
大スランプである。
方針は決まって、やるべき事も分かっている。
しかし、そうと決まっても直ぐに出来る程、俺のスペックは高くない。
相手の弱点を突く。
言ってしまえば、それだけの事。
『そんな事はずっとやってきた』
といった考え、先入観が足かせとなった。
その当たり前を超えたステージに上がらなければいけないというのに。
足が遅いからスピードで勝負する、体が弱いから激しく当たる、背が低いから高さを使う。
選ばれてきたプロ候補生の人間が、そんな分かりやすい弱点を残している訳がなかった。
故に、見えづらい弱点を探す為、念入りに、念入りに観察する。
すると、ついボールへの注意はおろそかになり、ミスも多くなった。
また、相手を観察するあまり、一対一の局面でも後手に回ってしまうのも宜しくない。
そんな状態でトレーニングマッチをひと試合終え、龍と松本の三人で、軽くストレッチをしながらくっちゃべっていた。
「そういや、どっか最近調子悪いのか?」
下らない話から、急に悩みを直撃される。
そうか、心配される程酷い状態なのか俺は。
「こいつは必殺技の開発中なんだよ」
「必殺技?」
「必殺技って言うと子どもじみて聞こえるな……代表クラスと戦う為に、武器になるものが欲しいんだよね」
「で、普通の連中にやられてんだから、わけわかんねーよな」
「うるせー」
確かに、龍の言うように本末転倒だ。
このままでは、試合に出る事すら危うくなってくるだろうし。
「ちなみに、どんなもんを目指してんの?」
「ザックリ言うと、相手の弱点探し」
「あれか、試合前のミーティングとか、スカウティングとかじゃ足りないのか?」
「それより一歩進んだ感じだね。ほら、例えば、仙台とやった時にさ、監督からの指示は『泉を自由にやらせるな』って感じだったっしょ? それは戦術レベルの話だし、大正解だとも思ってる。けど、個人で対面した場合、ただ邪魔をするだけってのは、明らかに負けな訳じゃん、選手として」
「あー、そういう事か。個人レベルでどうにかって事なら、ミーティングじゃ足りないかもなー」
「マッチアップの相手にさ、変な感じで集中しちゃってねー。つーか、マッチアップした時に見過ぎるくらい……」
「な? どうしようもないだろ?」
「まあなー、ちょっと見過ぎなんじゃね? とは話聞いてて思うね。」
「面目ない」
「見る事って大事だけどな。剣道やっててさ、見の目弱く、観の目強くって言葉を教わったんだわ。遠くをボヤって見るのも視野が狭くなるのはイカンぞ、って事なんだけど、要はそういう事じゃん? ヴィジョントレーニングなんかは、俺達もちょくちょくやるけど、そういう心構えって事でしょ」
見の目弱く、観の目強く。
確かに、凝視し過ぎては視野が狭まっていた俺にはピッタリな話だ。
松本が続けて言ったヴィジョントレーニングにしても同じ事で、周辺視と呼ばれる見方が欠けていた。
そういった知識も経験もあるというのに、上手くいかないというのは、心構えか気付きが足りなかったという事だろう。
精神的にも視野が狭くなっていた証拠でもある。
「千紘さ、ボランチやってて全体を見る癖はあるだろ? それと同じように、相手も全体見ればいいんじゃね?」
相手の周囲にまで意識を向けるって事か。
意外と良い事いうじゃねぇか、普段は考えなんてろくすっぽしない癖に。
「確かにな、俺もPKの時はそんな感じ」
「なら、千紘キーパーでもやれば?」
「…………良いかもしんない」
コレだ! と自分の中で閃いた。
龍の提案というのがとても癪だが、何故かコレしかないと俺は思ったのである。
「お、マジで? じゃあ、グローブ貸してやるから、ちょっとやってみようぜ?」
松本も乗り気なようで、スクッと誰よりも早く立ち上がった。
「あそこの練習ゴール使おうぜ」
近くにあったボールを蹴り出しながら、龍は素早く駆けていき、松本を追い抜いていく。
それに負けじと俺もダッシュ。
何故か松本も追いかけ、訳の分からない追いかけっこをしながらゴールへと辿り着いた。
「よっしゃ、ほら、とっととグローブはめろ」
龍は、松本から渡されたグローブをはめている間、無人のゴールに気持ちよさそうにボールを蹴り込みながら、俺を急かす。
「来いや!」
「あ、横浜、ちょい離れたとこからにしようぜ、PKと同じ感じで良いから」
「ん? 分かった分かった」
不思議そうに下がっていく龍を見ながら、松本はこう言った。
「流石にアイツのPKは難しいだろ」
「確かに」
ペナルティエリア程の近さで、龍は手を挙げ、蹴り込む事を示した。
そして、走り込んでいく最中ブレーキや緩急をかけ、更にはアウトサイドで蹴るという、フェイントたっぷりのシュートをぶち込んできた。
「こりゃあ、練習にならねぇな……横浜ー! しばらく素直に蹴ってくれー!」
「あいよー!」
松本って、もしかしたらコーチにも向いているのだろうか?
なんて思いながら、龍のシュートに反応し続ける。
「助走の角度、龍の視点、走り込みのスピード……色んなモンでシュートって予測出来るからなー。それが出来れば、よっぽどコースに決まらない限り、横浜のストレートなシュートは反応位出来るわな」
「角度、視点、スピード……」
「まず、ゴール正面のまっすぐに近い角度なら逆足側、横に近い走り込みなら蹴り足側、とかな。軸足とかも見てみな?」
ふむふむ、何となくだが、ある程度予想が当たる事が多くなったな。
「んで次、速く走り込んで弱く蹴るってのは、フェイント禁止にした今んとこはあんま無いだろうし、反対に緩く走り込んで強くシュートも無いだろうね。そもそも横浜のキック力じゃ、反応できない程のスピードボールは難しいだろうしな」
「松本くん、すげーな!」
「初歩っちゃ初歩だけどな」
ふむふむ、こういう動きだから、こうなる。というのが理解出来るのは新しい感触だ。
少し、少しだけれども、前に進んでいる気がした。
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