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恋愛蹴球  作者: ひろほ
54/72

スランプ

はっきり言う。

大スランプである。

方針は決まって、やるべき事も分かっている。

しかし、そうと決まっても直ぐに出来る程、俺のスペックは高くない。

相手の弱点を突く。

言ってしまえば、それだけの事。

『そんな事はずっとやってきた』

といった考え、先入観が足かせとなった。

その当たり前を超えたステージに上がらなければいけないというのに。

足が遅いからスピードで勝負する、体が弱いから激しく当たる、背が低いから高さを使う。

選ばれてきたプロ候補生の人間が、そんな分かりやすい弱点を残している訳がなかった。

故に、見えづらい弱点を探す為、念入りに、念入りに観察する。

すると、ついボールへの注意はおろそかになり、ミスも多くなった。

また、相手を観察するあまり、一対一の局面でも後手に回ってしまうのも宜しくない。

そんな状態でトレーニングマッチをひと試合終え、龍と松本の三人で、軽くストレッチをしながらくっちゃべっていた。


「そういや、どっか最近調子悪いのか?」


下らない話から、急に悩みを直撃される。

そうか、心配される程酷い状態なのか俺は。


「こいつは必殺技の開発中なんだよ」

「必殺技?」

「必殺技って言うと子どもじみて聞こえるな……代表クラスと戦う為に、武器になるものが欲しいんだよね」

「で、普通の連中にやられてんだから、わけわかんねーよな」

「うるせー」


確かに、龍の言うように本末転倒だ。

このままでは、試合に出る事すら危うくなってくるだろうし。


「ちなみに、どんなもんを目指してんの?」

「ザックリ言うと、相手の弱点探し」

「あれか、試合前のミーティングとか、スカウティングとかじゃ足りないのか?」

「それより一歩進んだ感じだね。ほら、例えば、仙台とやった時にさ、監督からの指示は『泉を自由にやらせるな』って感じだったっしょ? それは戦術レベルの話だし、大正解だとも思ってる。けど、個人で対面した場合、ただ邪魔をするだけってのは、明らかに負けな訳じゃん、選手として」

「あー、そういう事か。個人レベルでどうにかって事なら、ミーティングじゃ足りないかもなー」

「マッチアップの相手にさ、変な感じで集中しちゃってねー。つーか、マッチアップした時に見過ぎるくらい……」

「な? どうしようもないだろ?」

「まあなー、ちょっと見過ぎなんじゃね? とは話聞いてて思うね。」

「面目ない」

「見る事って大事だけどな。剣道やっててさ、見の目弱く、観の目強くって言葉を教わったんだわ。遠くをボヤって見るのも視野が狭くなるのはイカンぞ、って事なんだけど、要はそういう事じゃん? ヴィジョントレーニングなんかは、俺達もちょくちょくやるけど、そういう心構えって事でしょ」


見の目弱く、観の目強く。

確かに、凝視し過ぎては視野が狭まっていた俺にはピッタリな話だ。

松本が続けて言ったヴィジョントレーニングにしても同じ事で、周辺視と呼ばれる見方が欠けていた。

そういった知識も経験もあるというのに、上手くいかないというのは、心構えか気付きが足りなかったという事だろう。

精神的にも視野が狭くなっていた証拠でもある。


「千紘さ、ボランチやってて全体を見る癖はあるだろ? それと同じように、相手も全体見ればいいんじゃね?」


相手の周囲にまで意識を向けるって事か。

意外と良い事いうじゃねぇか、普段は考えなんてろくすっぽしない癖に。


「確かにな、俺もPKの時はそんな感じ」

「なら、千紘キーパーでもやれば?」

「…………良いかもしんない」


コレだ! と自分の中で閃いた。

龍の提案というのがとても癪だが、何故かコレしかないと俺は思ったのである。


「お、マジで? じゃあ、グローブ貸してやるから、ちょっとやってみようぜ?」


松本も乗り気なようで、スクッと誰よりも早く立ち上がった。


「あそこの練習ゴール使おうぜ」


近くにあったボールを蹴り出しながら、龍は素早く駆けていき、松本を追い抜いていく。

それに負けじと俺もダッシュ。

何故か松本も追いかけ、訳の分からない追いかけっこをしながらゴールへと辿り着いた。


「よっしゃ、ほら、とっととグローブはめろ」


龍は、松本から渡されたグローブをはめている間、無人のゴールに気持ちよさそうにボールを蹴り込みながら、俺を急かす。


「来いや!」

「あ、横浜、ちょい離れたとこからにしようぜ、PKと同じ感じで良いから」

「ん? 分かった分かった」


不思議そうに下がっていく龍を見ながら、松本はこう言った。


「流石にアイツのPKは難しいだろ」

「確かに」


ペナルティエリア程の近さで、龍は手を挙げ、蹴り込む事を示した。

そして、走り込んでいく最中ブレーキや緩急をかけ、更にはアウトサイドで蹴るという、フェイントたっぷりのシュートをぶち込んできた。


「こりゃあ、練習にならねぇな……横浜ー! しばらく素直に蹴ってくれー!」

「あいよー!」


松本って、もしかしたらコーチにも向いているのだろうか?

なんて思いながら、龍のシュートに反応し続ける。


「助走の角度、龍の視点、走り込みのスピード……色んなモンでシュートって予測出来るからなー。それが出来れば、よっぽどコースに決まらない限り、横浜のストレートなシュートは反応位出来るわな」

「角度、視点、スピード……」

「まず、ゴール正面のまっすぐに近い角度なら逆足側、横に近い走り込みなら蹴り足側、とかな。軸足とかも見てみな?」


ふむふむ、何となくだが、ある程度予想が当たる事が多くなったな。


「んで次、速く走り込んで弱く蹴るってのは、フェイント禁止にした今んとこはあんま無いだろうし、反対に緩く走り込んで強くシュートも無いだろうね。そもそも横浜のキック力じゃ、反応できない程のスピードボールは難しいだろうしな」

「松本くん、すげーな!」

「初歩っちゃ初歩だけどな」


ふむふむ、こういう動きだから、こうなる。というのが理解出来るのは新しい感触だ。

少し、少しだけれども、前に進んでいる気がした。

評価、ブクマ、レビューなどありがとうございます。

とても励みになりますので、よろしければお願いいたします。

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