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恋愛蹴球  作者: ひろほ
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答え合わせ

「待たせたね、千紘君……って、酷い顔しているね」


いつもの運動公園で顔を合わせた瞬間、開口一番そういわれた。

あの遠征から三日間、風太郎さんの宿題を考え続けた結果であるのだが、張本人はシレッと驚いている。


「ふーむ、ここまで効果が出るとは思わなかったね。逆効果にならなきゃいいけど」

「ちょ、逆効果って!」


とんでもないことを口にするから、度胆を抜かれ、敬語も忘れて食って掛かる。


「宿題も見てないのに結果を判断できるほど、僕は達観していないよ」


それもそうか……こんな当たり前のことも分からないとは、平常心ではないことを改めて核にする。けど、逆効果もあるって、怖いな……。


「さ、ささ早速、お願いします! 宿題です!」


勢いよく差し出しつつも、変に緊張して、舌が上手く回らない。


「そうだね、宿題の採点をして、スッキリしてからの方が良いよね」


にこやかに受け取ると、すぐにレポートに目を向けた。


「……」

「……」


真剣なのか、不機嫌なのか分からないが、じーっとレポートを読み続ける。

空気がとても重たい。受験の時のようだ。


「んー……」


どれくらいの時間が経っただろうか、風太郎さんがついに口を開く。

その声に思わず息を飲む。


「いいね! 満点をあげたいくらいだ!」


親指をグッと立て、俺の顔をしっかりと見ながら声をあげる。


「え……ほんとですか……?」

「うん、良くここまで内容の濃いキーセンテンスで埋めたものだね。これは誇っていいよ」


そんな素直に褒められると、何だか恥ずかしいものがあるけど、嬉しいものだ。


「さて、そろそろネタ晴らしをしようか」

「は、はい、ぜひ!」


そう、この宿題の目的はあくまで自分のスペシャルを身につけることだ。


「やってみてどうかな? とても深く考えたんじゃないかな? 顔とレポートを見るに」

「そりゃもう、めちゃくちゃ考えましたよ。龍や姉貴に怒られるくらい」

「ははは、それは悪かったね。でも、効果はバッチリだったから、許しておくれ。で、ネタ晴らしの続きだけど、このトレーニングはこないだ言った通り、アイディアを出すためのトレーニングなんだよね」

「あ、そういえばそんなことを言っていましたね」

「これは社会人の人事考課や査定に用いられたりもするんだ。僕は会社に属してサラリーマンをやったことはないけれども」


風太郎さんがサラリーマンなら、にっこり笑って重役の弱みを握りそうだ。


「なんか変なこと考えてない?」

「いいいいい、いえっ! 何にも!」

「このトレーニングで出来るのは、『自分の確認』なんだ。詳しくは内観という言葉で調べてみるといい。詳しい説明は省くけども、それを少し変えたものが今回の宿題だったわけだね」


確かに、紙に自分のことを書いていく度に、自分を深く見つめ直さないと、次の言葉が出てこなかった。


「ちなみに、社会人なりたての子にやらせると、自分は何にも出来ないんだなぁ、って思考停止する人、自信満々に色んなことを書く人、要領よく書き埋める人の大体3パターンになるらしい。能力の有無にかかわらずね。で、自分の無力さを知った状態で会社にしがみつきたい! ってなる人は社畜の才能があるらしい。あくまで、『らしい』だけど」


あまり笑えないものだが、そういう人もいるんだろう。


「さて、自分を深く深く考えた千紘君。君は君をしっかり理解できたかな?」

「はい、それはもう」


少し苦い笑いを浮かべながら答える。

よし、じゃあ、もったいぶらずに聞こうか! 千紘君、君の強みは……君はこれだけは誰にも負けないってことはなんだい?」


―――俺にはこれしかない。いや、こう答えるしかない。


「ありません!」


勢いよく答える。


「おっ、勢いよく答えるね。そう、何でもいいから答えを見つけてほしかったってだけなんだ、ここまでの流れはね。けど、『ありません』ってのはいいね。挫折を知っている人のセリフだね」

「いや、けど、僕はあんなに迷って、悩んで、苦しんだのに、答えは結局見つからなかったんですよ? それで良いってことはないじゃないですか!?」


思わず語気が強くなる。


「はっはっはっ、それを今から見つけるんだよ」


あっけらかんと笑うから、こちらも呆気に取られてしまう。


「さて、ここからはちょっと不愉快な話もするけど、大人しく聞いておくれ。さて、そもそもだよ? 凡人が天才に太刀打しようってのが無理な話なんだよね」

「はぁっ!?」


今、俺の顔を見たら恐らく青筋が立っているだろう。


「まぁ、聞いて聞いて。けれども君は出来ている。これは才能がある程度は持っていると考えている。はっきり言って、僕がコーチや監督で、君が凡人なら、考えさせる暇もなく走りこませたり、戦術の理解度を深めたりするよ、あんな宿題を出さずにね」


俺をなだめながら、風太郎さんは続ける。


「そして、君は自分を知った。出来ること、出来ないこと、やりたいこと。色々な角度から見つめ続けた。その結果、『ありません!』だよ? いいね、僕が欲しかった答えだ。それ以外の答えでも別に良かったけども。良いかい? 僕の言いたいことはこうだよ、才能や個性を求めて楽をするんじゃないよ、才能や個性を言い訳に努力することをサボるんじゃないよ。それが凡人が凡人たるゆえんだよ、ってね」

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