宿題のヒント
体は疲れているというのに、頭はちっとも寝かせてくれない。
気分転換を兼ねて、ロビーの自販機に飲み物でも買いに行こうと足を向けた。
すると、松本が備え付けのソファで新聞を読んでいる。
「磐田か、龍はどうした?」
新聞から視線を上げて、俺に話しかけてきた。
ガタイも相まって、ちょっと親父臭いと思ってしまったのは内緒である。
「いつも一緒ってわけじゃないって、まぁ、寝てるか『彼女』と連絡取っているかのどっちかだろうね」
「あいつが彼女、ねぇ?」
「ね? 笑えるっしょ?」
「フラれないといいな、絶対あいつはプレーに支障が出る」
うちの姉貴という事は内緒にしておこう。
「違いない。新聞とか見てるの珍しいね」
自販機で買った飲み物をテーブルに置き、松本の対面のソファに腰かけた。
「最近、だけどなー……トップチームの結果とかリーグの記事とか、な。新聞記者の採点やら評価やら、見てみたり」
「あー、そりゃ新聞じゃないと見れないもんね」
「実は、だけど、直ぐにという話じゃないけど、トップに昇格するかもしれないって話があってよ……それから気になったんだよ、それまでは海外くらいしか興味なかったっていうのに」
「マジで!?」
つい声が大きくなってしまった。
「いや、明確に言われた訳じゃなくて、そろそろトップも近いぞ、って話をされただけ。普通に卒業と一緒に昇格だろうな」
「それでも、キーパーで昇格って凄いよ」
ゴールキーパーは一人しか出られない。
そして、一番お試しが出来ない・しないポジションだ。
大体チームに三人くらいで、出場メンバー登録は二人。
そんな狭き門である。
故に、そのままトップチームに昇格出来るゴールキーパーは、それだけでも逸材の扱いだ。
ただ、実績、安定感が求められる事から、若手の出番は怪我でもしなければ回ってこない。
「試合に出れるかどうかは分からないけどな。もしかしたら、大学で試合にバリバリ出た方が成長できるかもしれない」
「大学って道もあるんだよね、そういえば」
「それに、J2、J3っていう道もある」
「もしかして、どっか誘われたりする?」
「挨拶程度には、な」
「すげー……」
「多分、他の連中もそういう話来てると思うけどね。本格的なオファーっていうより、本当に挨拶だよ、挨拶。ちゃんとオファーってんなら、コーチ、監督、色んな人と一緒にお話合いになっから」
「にしても、すげー話だなぁ……ねぇ松本くんさ、俺の強みって何だと思う?」
少し、困ったような顔をさせてしまった。
「強み、かぁ……監督に聞いた方が早いんじゃね?」
「いやまぁ、そうだけどさ、同じフィールドに立ってる人間の意見も聞きたいわけで……それに、一番見えるんでしょ? 俺達が」
「そうだなぁ……キーパーからしたら、どれだけ信用出来るか、なんだよなぁ、つまるところ」
「信用か……」
「失礼な事言うと、アイツは対人弱いから抜かれるだろうなとか、ヘディング下手だからセカンドボール拾われるだろうなとか思いながら、試合に出てる。今日も多賀部には打たれるって覚悟はしてた」
「その節はどうも……」
「ただ、それも計算の内になると、不思議と腹は立たないわけで。ある意味これも信用って事なんかもしれない」
「まぁ、俺は見くびってもらって、一向に構わないけども」
「ね、やっぱ失礼な物言いになるよな。で、磐田の強みの話だけど、どんな相手にでも食らいつく、食らいつくまでは行くってのは強みかなぁ。自由にさせないくらいはしてくれるんだろうな、って計算はしてる」
食らいつく、か。
確かに、キーパーからしたらノーチェック、フリーでシュートを打たれるよりも遥かにマシなのだろう。
「計算できるって事は戦力として数えてもらっているって事なんだろうけど、攻撃の面ではどう?」
「攻撃? 俺は門外漢ってやつだよ?」
「まぁまぁ、物はついでって事で」
「俺から見ていると、常に攻める事を考えているってのは感じる、いや、他の連中が攻める気が無いって訳じゃなくて、得点に繋げようって意思を感じてる」
「あー確かに」
得点意識の高さ、って事で良いのかな?
ふむふむ、これはメモに書いておこう。
「反対に、俺の強みってなんだ?」
「え? 松本くんの?」
「俺が答えたんだから、お前も答えろよー」
意外な反撃を食らってしまったな。
「沢山有るよ、シュートストップが上手い、背が高い、空中戦強い、プレースキック上手い、声掛けが上手いとかさ」
「プロと比べたらどうよ?」
「……どうなんだろう……」
「調子に乗る訳じゃないけど、世代別に選ばれて、トップの話を匂わされて、同世代のキーパーの中では良いキーパーだって自覚と自信はある。けど、簡単に数字で比べられるものじゃないじゃん?」
「確かにねー」
「フィールドプレーヤーなら、このシーンならこれが出来る、コイツ相手ならこれが出来るっていうのがどれだけ多いかが、強みなんじゃないねぇのかなぁ?」
出来る事の数、か。
どんな相手にも出来る技術、通用する能力。
そればかり考えていた。
そんな都合の良い必殺技があるわけないのだ。
龍だって加地相手に、激しい当たりに四苦八苦していたし、依子さんだって今日の試合の前半は苦労していたじゃないか。
天才どものとてつもないプレー、実力に目を奪われ、憧れ、見失ってしまっていたようだ。
「いや、マジでありがとう松本くん」
「何か、悩んでるのか焦っているのか分からないけどさ、俺からすれば安心して見ていられる背中だよ」
その一言に、心が救われた。




