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恋愛蹴球  作者: ひろほ
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宿題

試合終了後、俺たちは医務室に向かう。

結愛の親族であること、フィジカルコーチであることもあって、意外とすんなりと通された。

まぁ、そこまでの心配はいらなそうだが、泉の心中は穏やかではない。

スタジアムの用務員さんに医務室の場所や容態を聞いたりする有様だ。

普段おっとりした泉が結愛をどれだけ大切に思っているかよく分かる。


「タンコブはしょうがないけど、額だからあんまり心配はいらないかな? もし頭痛やめまいがする

ようなら、すぐに救急車を呼んでくださいね」

「はーい、分かりました」

「まぁ、妹思いのお兄さんが居るから、大丈夫かな?」


クスクスと笑いながら、ナイスミドルなドクターは診断を終えた。


「あの、ホントにごめんね……」


結愛の脇に立つ依子さんが、深々と頭を下げる。


「そんなに謝ることじゃないでしょ? スポーツなんてケガや事故が多いんだから」

「正直、あまり試合中のことって、興奮しすぎてなのか覚えてなくて……私がワザとやっちゃったのかなぁ……って」

「フフ、そんなこと狙ってやれるなら、凄いことよね。それに引っかかる私たちも大概マヌケだけど。ま、アンタが性格悪いってことで、諦めてあげるわ」

「……その調子だと大丈夫そうだから、謝って損したかも……」


女子同士の微笑ましい?やり合いを横目で見つつ、風太郎さんが口を開く。


「さて、ここで千紘君のお悩み相談をしてしまおう。5分だけ場所を借りますね」

「えぇ、何だか面白そうですし」

ドクターの快諾を得て、俺の眼前に立つ風太郎さん。

「試合が始まる前に、オリジナルが欲しい、と君は言ったね?」

「はい」

「これは推測だけれども、選手として、これは負けないといったものが欲しいのかな?」

「違いないですね」


まぁ、そのくらいは見透かされているか。


「まぁ、本来なら技術や戦術、プレーなどには口を挟まないのがトレーナーなんだけどね。頼ってくれたので、大サービスだよ! では、戦術眼の優れている千紘君に質問だ。ここに居る選手たちの武器、いや、千紘君風に言うと、オリジナルを言っていこうか」


選手たちの特徴? オリジナル? そんなの風太郎さんも分かっていると思うんだけど……。


「えーと、龍はなんと言ってもドリブル突破、泉は色々あるけど、ゲームコントロールかな。結愛はスペースを潰したり、相手のコース消したり、上手く言えないけど、IQが高いプレーが武器かな。で、その、依子さんは……龍と同じようにドリブルかなぁ?」

「そしたら、千紘君の思う、自分の武器は何だい?」

「えーと、キック力ですかね?」


これは龍も言っていたし、自信がある。


「ふむふむ、確かにすごいミドルシュートを打っていたねぇ。フィジコとしても嬉しい限りだよ」


意地悪そうに笑う風太郎さん。


「そしたら、今度は皆に質問だよ。千紘君の一番の武器はキック力で良いのかな?」


―――沈黙。


「んー……」


珍しく悩む龍。


「ちょっと違うと思いますよ?」


泉も同意しないようだ。

幼馴染の二人とも違うという事は他に何があるのだろうか?


「分かってないわね、二人とも。狡猾さよ」


次に口を開いたのは結愛だった。


「あっ、確かに」


えっ、それに同調するんですか? 依子さん?


「あー、こいつとやると頭使うから、あんまり敵に回したくねぇんだよな。なんつーか、ズルいというか、セコイというか」

「今日も次はどんな手で来るのか冷や冷やしたよー」


むむ、このままでは俺のセールスポイントが狡猾さになってしまう。


「では、今度は、皆は自分が一番の武器だと思っているものは、何かな? 一番信頼できるものといっても良いね」


狡猾さの反論を終える前に、次の質問に入ってしまった! クソ!


「俺はシュート。ドリブルはどうだろうな。今日も泉キレイに抜けなかったし」


ちっこいヤンキーがぶっきらぼうに答える。


「そうだなー、俺はプレースキックかな?」

「私もそれは自信があるわね。兄さんと沢山練習したし」


と多賀部兄妹。


「私はなんだろうなぁ? 得意なことはありません!」


天才少女が分けわからんことを、したり顔で言ってきている。


「と、いうわけで、分かりやすいくらいの結果が出たね。千紘君が脅威に感じていること、うらやましく感じていること、当の本人たちは武器とは思っていないようだね。いや、出来すぎなくらいの結果だ」


微笑を浮かべながら、風太郎さんは続ける。


「さて、千紘君に宿題だよ。自分の出来ること、やりたいこと、やらなければいけないことを考えておいてくれないか。そうだね、A4のレポート用紙いっぱいに書けるだけ書いてね」

「そ、そんなに沢山ですか?」

「ごくごく小さいことも書けばいいよ。まぁ、本当はこれは体のトレーニングってよりも、アイディアのトレーニングだからね。多少雑でも気にしないよ。今、皆が言ってくれた君の評価を書いても構わない」


この人は体以外のこともトレーニング出来るのだろうか。


「僕も専門ってわけじゃないから、あくまで切っ掛けみたいなものだよ。幸い、君には目標があるからね」

「随分持って回した言い方するんですね?」

「持って回した悩みだからね」


思わず眉をひそめると、風太郎さんは先ほどの微笑みを浮かべながら、親指を立てる。


「さぁ、長々と話してもドクターにも、待っているチームにも迷惑だから、今日はお開きにしよう。ドクター、ありがとうございました!」


ぴしゃりと場を終わらせる流れに逆らえず、引き上げる皆と一緒に医務室を出る。

―――そこから先はあまり覚えていない。

とにかく風太郎さんに出された課題を考えていた。

ヤンキーや天然ボケの天才どもの会話を受け流しながら、深い深い思考の海に沈んでいく。

先ほど味わった嫉妬や羨望の暗くて深いものとは違う感覚。

今度は捕らわれるのではなく、深く潜って捕らえにいくのだ。

哲学とはこんな感じなのだろうか? などと途中、脱線しながらもより深く、磨かれるように思考は進む。

けれども、答えは一向に見いだせない―――。


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