ヴェガ仙台レディース対ジャパンテレビヴェールズ4
結局、二人は交代になってしまった。
歩いてベンチに下がっているところを見ると、さほど重傷ではないようだが、頭の怪我は怖い。
「どどどうしよ、千紘ぉ~」
珍しくうろたえる泉に、ベンチに座りながらチームドクターと受け答えしている様子を見て、きっと大丈夫だと伝える。
「医務室に引っ込んだなら、泉、行ってやれよ、な? とにかく今は、ここからベンチの結愛を見とけ」
「あ、ああ、そ、そうだねぇ~」
と、泉の間延びした調子に少し安心する。
さて、試合は依子さんの独擅場が始まった。
ファンタジスタが司令塔となり替わって、バランスよくヴェガ仙台を攻めたてた。
いや、バランス良く、というのはオブラートに包み過ぎか。
「こりゃあ、楽しいだろうなぁ」
さっきまで寝ていた龍が、今度は羨ましそうな表情で感想を漏らす。
「ああ、やられている方は溜まったもんじゃないけどな」
良く耐えている。
と、ヴェガ仙台のサポーターは思っているだろう。
負けても、圧倒されても、それでも立ち向かっていく姿に、心を打たれている事だろう。
しかし、中の人間はいつ心が折れても仕方がないほど、依子さんに好き放題されていた。
散歩するように楽しそうに歩きながら、あざ笑うかのようにマークをかわし、追いつくか追いつかないかのギリギリのところを狙ってパスを出す。
通るか通らないか、ではない。
追いつくか追いつかないか、だ。
どっちにしても走らなければならないのは変わらない、受け手にとってはハードなパス。
文字通り、敵も味方も、依子さん一人に振り回されていた。
時折、連携の練習かのように、スプリントしながら、細かいパスを出しながらリズミカルに進んでいくなど、緩急の効いた攻めも挟まれては、対応に困る事だろう。
その苦しそうなヴェガ仙台とは対照的に、依子さんはとても楽しそうだ。
「俺も、混ざりたいなぁ……」
「千紘もか? 男女関係なく、こんな状況なかなか味わえないだろ」
依子さんとサッカーがしたい、っていう気持ちもあるが、それ以上に、これだけ攻める事が出来ると楽しいと思うのがサッカー選手というものだ。
選手のアイディアに連動する事、逆にこちらからのアイディアを『どうだ?』と問いかけるようにプレーを引き出す事、アイコンタクト以上に繋がる瞬間がサッカーにはある。
受け手にとって厳しいパスも、先に動き出す、むしろ要求していくのなら、それは絶好のボールとなる。
『これはどうだ?』
『ここに出せ』
『追いついてこい』
『ここに来い』
言わずともボールに、走りに意味と意思を込めてコミュニケーションをとる。
そうやって、とめどなく閃きが飛び交い、繋がり、そして、広がっていく。
そのサッカーはもはや芸術品と言っていい。
そんな素晴らしいサッカーも終わってみれば、4―2でヴェールズの逆転勝ち。
虚を突いた真ん中を通す鋭いスルーパスから一点。
斜めに走り込んだサイドバックへ逆サイドからのクロスで一点。
時間さえあれば、もっと点が入っていただろうと誰もが思ったろう。
それほどまでに、ヴェガ仙台の守備は崩れ去っていた。
「千紘なら、どうやって相手するよ?」
「フィジカルで潰すしかないだろ、レッド覚悟で。龍は?」
「あれ以上に点を取る」
「マッチアップの話じゃねぇのかよ!」
「もちろんぶち抜くけどな!」
「どうやってよ?」
「……あんま守備上手くなさそうだし、いけんじゃね?」
「素早いからけっこう上手いぞ?」
「ま、対面すりゃ分かるだろ」
「おいおい、お前から聞いといてノープランか」
具体的な攻略法が出ない。
それは、確実に勝てるとは限らないという評価でもある。
悔しいが飛びぬけた才能を持つ龍をして、具体的にどうやって抜く、止めるの話が出ない以上、依子さんもスペシャルな一人であると証明した一戦だった。
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