ヴェガ仙台レディース対ジャパンテレビヴェールズ
―――さて試合は前半三十五分を過ぎたあたり。
1―0でヴェガ仙台のリードである。
泉と同じく、中盤でのプレーをしている結愛であったが、パスカットやスペースの潰し方が半端じゃなく上手い。
少しファールの数が多いとは思うがスプリントの数は少ないし、まともな一対一の回数も多くはない。
数字では評価されないプレーヤーだが、見る人から見れば質の高い動きをしている故の、省エネが理解できるだろう。
ヴェガ仙台が挙げた一点も、クロスのこぼれ球を取った選手から『たまたま』出しやすい位置にいた結愛からのカウンターだった。
対するジャパンテレビヴェールズのフォーメーションは4―4―2、センターFWの依子さんを中心に攻めるが、どうにもこうにもパスがつながらない。
結愛が上手いことパスの選択肢を狭め、袋小路に出させている。
依子さんもサイドやディフェンダーを背負いながらのプレーで何度も潰されている。
女子だというのにタフな試合だ。
前半の半分過ぎてから、依子さんが業を煮やしたのか、遠目からでもシュートを放っていくがシュートコースは結愛が塞いでいてゴールの枠をとらえられない。
結愛からしてみたら、ワザと打たせている節がある。
まともな一対一では分が悪いと踏んでいるのだろうし、センターバックと挟み込むように追い込み、後ろに戻すか、もう一人のフォワードに出すパスを狙われていた。
それを見越してなのか、カウンターになるくらいならシュートで終わらせようということなのだろう。
結愛にとってはしてやったりだし、依子さんにとっては今はそれに乗るしかない、といったところ。
しかし、難しくとも、シュートチャンスを与えることは、間違って入ってしまう事もあるんだから、ギャンブルめいている戦法だとは思う。
では、もし俺ならどうゲームを打開するだろうか。
いや、俺なら何が出来るのだろうか。
そんな風に自分と照らし合わせながら試合を見ていた。
昼間の試合で、俺も同じような守備やゲームメイクをしたのだから、それの復習にもなる。
さて、結愛は俺がケガをする前に理想とするプレーを体現していた。
クレバーで攻守にわたって要となり、相手の嫌なところを突いていく。
そして、依子さんは龍のようにテクニシャンで、攻撃のアイディアに溢れ、何よりもサッカーを楽しそうにプレーをする。
二人に対して憧れとプレーヤーとして嫉妬を禁じ得ない。
再び、先ほどの暗くて重たい気持ちが心を支配し、焦燥感を感じながら前半は終わった。
「千紘、飯なんか買ってこようぜ」
ハーフタイムに入るや否や龍が誘ってくる。
いつもは勝手にトイレやドリンクを買うなど行動する癖に珍しい。
「そうだな、さっき仙台のコーチが牛タンの唐揚げが美味いとか言ってて、気になってたとこだわ」
「ん」
ぶっきらぼうに返事をするとすぐさま立ち上がり、足早に席を離れる。
コンコースを通り、お目当てのフードエリアに向かっていると、龍が立ち止り向き合った。
「なぁっ千紘、その……さっきはすまなかった……」
いきなりの謝罪をしながら目線を合わせようとしない龍。
「何のことだよ?」
「いや、さっき、車で変なこと言っちまっただろ……そのあとからお前の様子がちょいちょい変だからよ。気にしてんのかと思ってよ」
スタジアムに向かう際の、武器の無さを指摘した発言を気にしているらしい。
それに対してショックではあったが、龍に対して恨みや怒りなどを抱くことはない。
「あー、別に気にすんな。ちょっと思うところがあったから、考え込んでただけだ。もし怒っているとするなら自分に対してだ。お前の言う通り、まだまだ武器が足りねぇんだよ、俺は」
少し嫉妬の分、ぶっきらぼうな言い方になってしまったが、気持ちに偽りはない。
「……今はそうかもしれねぇけどな、千紘」
ようやく目線をこちらに合わせる。
「お前は俺を初めて止めた人間なんだからな。そのお前が、たかだかユース程度で躓いてもらっちゃ困るんだよ」
怖いくらいに真剣なまなざしで真っ直ぐこちらを見据えながら放たれた言葉は、何よりも優しさに満ちていた。
「あぁ、ちょっと待っていろって、すぐに追い越してやるからよ」
忘れていた。
今でこそコイツはチームメイトではあるが、同時にライバルであることを。
「まぁ無理だろうな」
とたんに無邪気な表情でにやける龍の胸を拳で軽く叩いた。
「せいぜい調子に乗ってろよ、いずれお前みたいなじゃじゃ馬を乗りこなしてやるからよ」
と言いながら、歩を進める。
「お前の身長と体の使い方は今でも武器なんだ。上手いこと使ってやれよ」
横に並びながら龍は俺の『武器』を挙げた。
天才のコイツが言うんだから、ひとまずは使えそうなものなのだろう。
それが例え『ナマクラ』だとしても。




