閑話急題
「あ。風太郎さんだ」
先に気付いたのは龍。
幸か不幸か、隣のシートに良く知った顔が居た。
「や、やぁ」
まさか先ほどの事件の黒幕と思われる人間と、被害者たる俺が隣り合うなんて、ちょっとしたサスペンスだ。
「さっきはどーも」
ニヤリと蛇のように笑ってみる。
「……ぐ、偶然だねぇ。結愛ちゃんにチケットを貰ったのかな?」
名前で呼ぶとはやはり繋がりがあるのか。
「いーえー、そこにいる多賀部泉君に貰ったんですー」
と今度は爽やかに微笑み返す。
「……多賀部?」
「あ、いつも結愛がお世話になっています。兄の泉ですー。風太郎さんですかぁ、結愛から聞いてますよー」
と、俺越しに握手を求める泉。
やっぱり結愛と風太郎さんは接点があったのだ。
お世話になっているという事は、結愛とはトレーナー契約でも結んでいるといったところか。
「なぁ泉、風太郎さん知ってんのか?」
とここで龍が切り込んでくる。
「あぁ、結愛のフィジコ(フィジカルコーチ)なんだよね。俺は直接関わりないけど」
「じゃあ、依子さんと結愛も面識あるんですか?」
「あぁ、その、ユース代表とかでね。年下が少ないから、妹分みたいにしてるよ」
結愛が代表だと? あの結愛が……。
「そうなんですかー。そういえば、依子さんと仲直りできました?」
「……」
「間に入りましょうか?」
いくらなんでも、これは短絡的すぎたか?
「頼む!」
即答。
この人は妹のことになると必死になる。直球くらいで丁度いいのだろう。
「―――なら、条件があります」
「条件?」
いきなりの提案に眉をしかめる。
これは予想でしかないが、風太郎さんは二面性はあれど、駆け引きや知謀には向かない人だ。
そこら辺は依子さんと似ていて正直すぎる面が多い。
きっと昼間の件も思いつきに近いんだろう。
「はい、自分のオリジナル……エリックソン監督はスペシャルと言っていましたけど、自分だけの武器を作りたいんです。どんなプレーヤーにも勝てるような自分の武器を」
「……オリジナル……スペシャル……うーん」
どんな要求をされると思ったのだろうか、間の抜けた表情をこちらに向けている。
「まぁ、この話はあとで詳しく。選手が入ってくるみたいっすよ?」
と言って視線を風太郎さんからピッチへ移す。
ちょうどスタジアムのDJが選手の紹介をして盛り上げているところだった。
『This! Is! VEGA Sendai ladieeeeees! Leopard!! It is Your time! Yua Tagabe! NO.10!!』
「オーー フォルツッァ多賀部 フォルッツァ多賀部 ユアユアユアタイームーーー♪」
結愛が10番? しかも専用チャント(応援歌)とキャッチコピーまで!?
いや、選手であればチャントがあってもおかしくないんだが、信じられない。
しかし、いくら疑ってみてもピッチに立っているのは確かに結愛だった。
「オー オレオレオーレ 川崎ー オー オレオレオーレ 川崎ー♪」
と呆気にとられているといつの間にか依子さんの番が回っていた。
本当に知り合い同士がプロリーグの場で戦うのだと、今更ながら実感がわいてくる。




