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恋愛蹴球  作者: ひろほ
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嵐の心中

「いやー、あの一対一はやられたなー」


車中、三人で今日の試合を振り返る。


「一対一じゃなかったけどな」

「そう、千紘が手で来い来いってやるから、つっかけて行ったら龍が滑り込んでくるんだもんなぁ」


泉がお手上げという感じで両手を上げる。


「だろ? あれは龍へのサインだったんだよ。まぁ、泉をこっちに意識を集中させるためでもあったけど」

「なー? コイツ、ほんとに性格悪いだろ?」


心底嫌そうな顔をして龍が合いの手を入れる。


「味方としては頼もしいだろうけどねー」


苦笑いを浮かべながら乗っかる泉。

そんな性格悪いかね?


「そういや、足は大丈夫だったか?」

「うん、肉離れまで行かずにすんだよ。つっただけ」


という言葉を聞いてホッとした。


「そっか、トップに合流前にケガとか一大事だしな」

「まぁ、楽しかったから、これが最後でも良かったかも」

「えぇっ!?」


と素っ頓狂な声を出したのは、ドライバーをお願いしているヴェガ仙台のコーチだ。

せっかく手塩にかけて育てたというのに、何とも親不孝な話ではある。


「はは、すみませんねぇ。ただ、いつもいつも最後の試合だって思いながら精一杯やっているのは本当ですよ? 人間、いつどこでどうなるのかが分からないですし」

「……」


静寂が訪れる。

被災した人間ならではの生き方だと思う。

俺も交通事故を経験して、少なからず共感できる。


「ただ、こうしてトップに上がることになって、次があるって思えるのはスゴイ嬉しいんだぁ。サッカーするのも大変だった時期に比べると、未来があるって相当幸せだよねー」


ひらめいたように龍が口を開く。


「未来っていうなら、次はプロの舞台でやんぞ。泉には先に行かれたけどよ。千紘もこんなとこで躓いてる暇はないだろ?」

「だな。次は一人で止めてやるよ、泉」

「なら今度は二人まとめて抜いちゃうよ。けど、監督が千紘に興味を持ってたよ」

「ん? そっちの監督が?」


敵チームの監督に興味を持たれるってのは嬉しいことだ。


「いや、エリックソン監督が。試合後こっちに来たんだよー」


って、そっちの監督かよ!

まぁ、俺達のチームに来たんだから、仙台に行っててもおかしくないが、監督なんて親し気に呼ぶとは、大物にも程がある。


「はぁ!?」

「なんでコイツなんだよ⁉ 失点の起点にもなってただろ」


う、それを言われるとキツイ……。


「なんかねー、ずる賢い感じが良いって」

「ぶははは、お前の性格バレバレじゃんか!」


俺、自分の内面に自身がなくなってきた。


「ふふ、違う違う。勝利に対して非情な判断も出来るようなプレーヤーだって言ってたんだよ」


とコーチさんがフォローしてくれる。

しかし、それも何だか微妙な評価だ。


「個人のテクニックやフィジカル、チームの戦術、総合力で劣るところがあったとしても、何とかし

ようというメンタルを評価しているみたいだよ。ああいった選手がいるチームはやりづらいだろう? って聞いていたしね」

「それって、うちのが弱いって思われたってことじゃね? 仙台が勝って当然の試合を落としたみてーな」


ヅケヅケと言いづらいことをいうヤンキー。

車内が凍り付くじゃねーか。


「そーだねー、正直、龍と千紘以外はそれほどだったかなぁ。あっ、キーパーも良かったけど」

「だから全部俺にボール寄越せって話なんだよ」

「とは言うけど、俺だって個人で打開できるほどのエース格ではないからな?」

「はえーとこ、そのエース格とやらになれ。んで、俺の囮になれ」


無理難題を抜かしよる。おそらく天才は平民の気持ちが分からないのを地でいっているのだろう。


「二人は仲良いねー。千紘も空中でエラシコとかで抜いていたじゃない? エース格だとは思うけどなぁ」

「あれは本当にたまたまだからなー」


対戦相手からの高評価は本当に身に染みる。


「あんまおだてんじゃねぇよ。今の千紘はエースを苦戦させる程度の実力しかねぇ」


ザックリと切り裂かれた心を隠しつつ、せめてもの反撃をする。


「んだと、このチビ。お前のディフェンスなんてザルもいいとこじゃねぇか」

「まぁまぁ。千紘を相手にすると最大限に苦戦させられるよー。嫌なところ突いてくるし、アイディアもあるからね」


泉の優しさが身に染みる。


「けどな、こいつは自分はこれなら負けないってのがないからな。所詮、一回きりの手品みたいなもんだ」


―――これなら負けない。

その言葉に俺の意識は現実から離れる。一体、俺は何なら人に勝てるのだろうか?

代表選手になるために磨かなくてはいけないところとは?

そもそも俺が磨ける部分、磨けば光る部分とは何処なのだろうか?


「まぁ、本当にすごい選手ってのは、手の打ちようがないしね。得意な状況に持っていかせないことが重要だよね」


泉の声に意識が戻る。

―――そうだ。

得意の状況に持っていけば、試合を左右するようなプレーが出来る人間こそがエース。

何かしらの強烈な武器を持っている選手こそが代表やチームに必要とされる。

例えば、加地。

巨大な体躯に、強烈なフィジカル。

龍にですら追いつくような俊敏性。

得意な状況であれば、A代表の選手も止めてしまうのではないかと思えるくらい頭抜けている。

泉もただ平均点が高いだけではない。

攻めにおいては、変則多段クライフターンやブレ球といったオリジナルがある。

守りに回れば、ディフェンスのコントロールは見事で、オフサイドを気にするあまり、龍が下がった時もあるくらいだ。

そして、龍。

あいつには1メートルも間合いを空けたらトップスピードに入られる。

キック力はさほどないが、それでもペナルティエリア内ならば、どんな体制でも正確に四隅へ蹴りこむコントロール力がある。

テクニックは未だにあいつより上手い人間は見たことがない。

なら俺は、どのようなプレーヤーを目指すべきだろうか。

どんなプレーヤーならこいつらに勝てるのだろうか?

心に重たいヘドロがまとわりついたかのように、胸が苦しくなる。

あぁそうか――――――きっと、嫉妬という感情はこんな感情なのだろう。



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