嵐の後に嵐の予感
「ん? 何してんだ千紘?」
と、今ばかりはこのヤンキーが天使に見えた。
「……」
「あ、これ、ヤバいやつじゃね? 熱中症とかいうやつ。つーか、結愛何処行ったんだ?」
熱中症ではないが、このままではその内なるだろう。そう、ヤバいやつなんだよ、龍。
「千紘ー? 生きてるかー?」
「……」
「死んでる?」
いや、生きてる。
「しゃーねーなー。ちょっと待ってろ」
と龍はどこかへ去ってしまった。
人を呼んでくれるなら、ありがたい。
「……」
出来れば早く戻ってきてほしい。
「あらー千紘じゃんかー。どしたの? こんなとこで寝そべって」
今度は泉か。
「寝てんのかー。外で寝るのは気持ちいいもんなー」
いや、納得すんなよ。龍よりも正解から遠いわ。
しばし無言の時が流れる。
夏の風が数回、俺たちの体をなでてくる。いいから早く助けてくれ。
すると、泉がため息を吐いたところで感慨深げに声を出した。
「今日は楽しかったなー。起きてる時に言うべきなんだけど、良かったよ、最後の試合が千紘と龍でさ。今度はプロの舞台かなー? 同じチームっていうのもいいよねー」
「お、泉じゃんか。足は大丈夫か?」
龍が戻ってきたのだろう。
しかし、他の人間の足音は聞こえない。
にしても意識がさらにボーっとしてきた。もうこのまま寝てしまおうか。
―――バシャー。
と突然俺の体に水がかけられる。
「ぐはぁっ!」
まどろんでいた意識が一気に戻って来る。
しかもコイツ、ご丁寧に氷水にしてきやがった。
「起きた起きた」
「てっめぇ~」
「んだよ、あのままほっといた方が良かったてのか? そりゃすまんかったな」
「あー氷がもったいないねぇ」
そんな俺達の口論はよそに、泉の興味は氷に移ったようだ。
「くっそ、助かったのは事実だからな、ありがとよ」
「頭が高いんじゃねぇのか?」
「おーちべたいちべたい」
東北の人間だから、氷や雪は見飽きているだろうに、小さい子どものように地面に落ちた氷で手遊びしている。
あと、龍には絶対頭は下げん。
「あぁ? 文句言わないだけありがたく思えやクソチビ」
「おーおー、モテモテ男さんは偉いもんですねぇ」
「あ、そうだ。なるべく綺麗なの拾ってと」
「あぁ、じゃあモテない男の僻みってことでいいんですかねぇ?」
「お、認めやがったな自意識過剰男」
「ていっ」
「「冷たっ!」」
口論をしている横で、マイペースに氷を拾っていた泉は俺たちのシャツに氷を放りこんできやがった。
「で、熱中症だったの? 千紘」
「あぁ」
いや、お前がなんで答えるんだ。
「違う。非常に言いづらいが、お前の妹にやられた」
さして驚いた様子もなく泉は「そうかー」と答える。
「まぁ、このくらいはやるか」
「はぁっ?」
何を言っているんだ、この兄貴は。
「結愛のプレーを見てたら、よく分かると思うよー」
プレー? 何のことだ?
「おー、そうだ、千紘も行こうぜ。今アップしているくらいだから」
おい、いったいドコに行くというのだ?
「そうそう、俺も千紘たちを誘いに来たんだよー。そしたら小平の人たちがここら辺に居るっていうから」
「だな、結愛の試合、見に行こうぜー」
は? 結愛が試合?
「あのー、それってサッカーの試合でしょうか?」
と口を開くと、二人してキョトンとした目で見てくる。
「……お前、もしかして知らないのか?」
「結愛はヴェガ仙台レディースの選手だよ?」
「はぁぁーー!?」
あらん限りの力で驚く。
「あと、ジャパンテレビヴェールズとの試合だからな」
!?
そしてジャパンテレビヴェールズは……何を隠そう、あの依子さんのチームだ。
これで合点がいった。
依子さんがここに現れたのも、依子さんと結愛が面識があるのも。
そして、あの一件はおそらく風太郎さんの差し金だろう。
何かしらの接点が結愛と風太郎さんにもあるなら、それもおかしくない話だ。
くそう、あの人はなんで妹が絡むと、ああも悪魔めいた所業を行えるのだろうか。
「コーチがスタジアムまで車出してくれるって言ってたから、駐車場に行こう。別行動になるけどそっちは大丈夫?」
「あー、さっき言ってきたから大丈夫。どうせ自由時間だし。行先もちゃんと伝えたから」
あっけに取られる俺を尻目に話は進む。
色々と言いたいことはあるが、これだけは言わせてくれ。
「シャツぐらい変えさせろ」
びしょ濡れのまま、スタジアムに行けるかっての。




