多賀部結愛
さて、ミーティングを終え、外に出ると結愛が近くのベンチで待っていた。
「んじゃあ、行って来い千紘、監督には俺が上手く言っておくからよ」
「おっ、お前来ないのかよっ!?」
「バカたれ、二人っきりで話したいって言ってただろが。お前に好意を持ってるって事にいい加減気付けバーカ。じゃあな、俺は山葉と電話してくる」
と、スタスタと去っていく龍。
……正直、俺だって気付いていないわけではない。
しかし、結愛とは友達だし、もし告白されて気まずくなるのも嫌なわけだ。
だから龍を誘って、告白できない状況にして、うやむやにしようとしたのだが……。
「あっ、磐田君!」
ベンチで本を読んでいた結愛が、こちらに気付いて声をかける。
「よ、よぉ」
つとめて平常心を装いながら手を挙げて応える。
「試合、お疲れ様。スゴイ試合だったねー」
「いやーきつかったよ。そういや、泉のケガは大丈夫?」
「大事はないみたい。さっき、足を引きづりながらだけど歩いてたよ」
「そっか、良かった」
「……磐田君、座ったら? 疲れているでしょ?」
と、俺のことを切れ長の目で見上げながら、隣に座れとを促す結愛。
まぁ、ここで断るのも変だしな。
流石に少し離れて腰掛けるが。
「そうだ、これどうぞ」
と差し出されたのは、キャンディとスポーツドリンク。
「運動の後には糖分でしょ?」
「おお、サンキュー!」
早速いただくことにして、スポーツドリンクを喉を鳴らしながら流し込み、乾きを癒したところでキャンディーを口に放り込む。
今日の試合の疲労のせいか、染み入るなぁ。
「ぷはー、生き返るわー」
「ふふっ、何それ、何だかお父さんみたい、親父臭い」
「疲れた男は皆そうなると思うよ」
「確かにお疲れだものね、何なら少し休む? ていうか呼び出してごめんね?」
少しいじらしい表情をする結愛。
先ほどまでは大人っぽく見えたが、なんだ可愛らしいところもあるんじゃないか。
「いや、大丈夫、宿舎でグッスリ休ませ……て……もら」
何だか突然フラフラしてきた。
なんでだろう、凄く眠いというかダルい。
とりあえず、ベンチにもたれかかると体はもう動かなくなった。
かろうじて意識はあるものの、思考能力はほぼ停止している。
すると、結愛が肩に顔を乗せてきた。
こんな時でも嗅覚は働いているようで、良い匂いが鼻をくすぐる。
そして、肩ごしに伝わる結愛の頬の弾力がとても気持ち良い。
俺の手はしっかりと握られ、結愛のしなやかで柔らかい指の感触を伝える。
おそらく公園のベンチでいちゃつくカップルにしか見えないだろう。
俺の頬が結愛の片手に包まれる。
その暖かな手の平で頬骨のあたりからアゴまで、幾度かゆっくりと丁寧にさすられる。
それよりもくすぐったいのが、結愛の吐息であろう暖かい風だ。
顔に当たる吐息の勢いと音から、結愛の顔が相当に近いことが分かった―――。
「こらー! 何してんのー!」
と、いきなりベンチが思いっきりひっくり返る。何だよ、固定してないのかよ、このベンチ!
その衝撃で意識が幾分はっきりする。
と、眼前には顔を真っ赤にした天使がいた。
「っ痛、何すんのよ依子!」
「それは私のセリフよ!」
―――え!? 依子さん? な、何で依子さんがここに!?
「依子、千紘君もお年頃だし、仕方がないだろう。恋愛は自由なんだから」
後ろにいる風太郎さんが依子さんの肩に手を置きながら首を振る。あぁ、アンタも絡んでるのか。
「そうそう、別にアンタ、千紘の彼女ってわけじゃないんでしょう?」
「そ、そうだけど……」
「なら、別にアンタに文句言われることもないわね。それとも、なぁに? 私のイイ人を泥棒猫しようっての?」
「結愛って、プレーも性悪だけど恋愛に対しても性悪よねー。じゃなきゃ、ウチのお兄ちゃんと結託することもないもんねー」
「え、そ、ソンナコトナイヨ、ヨリコ、オニイチャンハ、ソンナコトタクランデナイヨ?」
「だって、お兄ちゃん、嘘つくときはボディタッチが多くなるもん。そもそもね、千紘君は、日本代表になるために頑張らなきゃいけないんだからね? 結愛みたいな女狐に引っかかってる時間はないの!」
「あーら、女狐なんて酷いわ、私はちゃーんと千紘のことを愛しているのよ?」
「なっ」
「それを彼女でもないアンタに、とやかく言われる筋合いはないわ。そもそもアンタは千紘のことをどう思っているのよ?」
「――――――っ」
「あら、何も言えないの? 私はちゃんと言えるわよ、千紘のことが好き、大好き。カッコイイし、サッカーもうまいし、クレバーなプレーなんてした時はゾクゾクするわ。それに時折見せる情熱的な顔も好き。もちろんいつもの優しげな顔も好きだから勘違いしないでよね。大体、アンタは千紘の何を知っているの? たかだか半年やそこらの付き合いじゃない。しかもサッカー以外で絡んだことないでしょ? 私は知っているわ、彼の誕生日から家族構成、好きなサッカー選手、好きな食べ物や飲み物、好きな音楽、好きなゲーム。あぁ、挙げだしたらキリがないわ。わかる? そのくらい好きなの、私。それがやっと今日再会出来たんだから、こんなチャンスを逃すほど馬鹿じゃないわ、それならサクッと既成事実作ってしまって、入籍でもしなきゃならないじゃない。アンタみたいな泥棒猫、いえ野菜にいつの間にか付いた芋虫がいるんだから油断ならないもの。しっかりと分からせなきゃダメでしょ。千紘は私の物ってここまでいっても分からないかもしれないからちょっと早いけど未来の私たちをアンタに見せてあげるために少し千紘にはツライ思いをさせてしまったわ。ごめんね千紘、けどこうでもしないと、アナタを守れないもの。それに私が千紘を手に入れるチャンスだったのよ? 一石二鳥な手を思いつく私なんだからきっと結婚してもうまくやれるわ。財産管理や将来設計もしっかりプランニングしないとね。そういえば、千紘は子どもは何人欲しい? きっと私たちの子どもだから天使みたいな子よ。ただ私は男の子が良いかな。だって千紘が他の女の子と一緒にお風呂に入ったりとか手をつないだりとか例え我が子でもちょっと嫉妬しちゃうかな?って。男の子なら千紘と一緒にたくさんサッカー出来るよ? ほら父親がサッカー選手って多いじゃない? だからきっとお父さんが、きゃ、お父さんだって、千紘が一緒に小さいころからサッカーをすれば子どももすごいサッカーが上手になると思うから。こんな時から子供の将来のことを考えるなんて、やっぱり私は良い奥さんになるわ。だから千紘、私と結婚しましょう?」
……
…………
………………
場に沈黙が満たされる。
うっすらと目を開けると、当の結愛は首を傾げてコチラの答えを待っているようだ。
そして、風太郎さんは「あっ、コイツと絡むんじゃなかった」といった顔をしている。
依子さんも首を傾げている。
ただこれは「なんかよく分からなかった」という意味である。可愛い。
そして、俺はいまだに体が動かない。
「ど、どーして応えてくれないの千紘!」
お前らの盛った薬のせいだ。
「うわーん、千紘のばかー」
と子どもみたいに泣きながら走り去ってしまった。
「お兄ちゃんのバカ! キライ!」
今度はこっちで頬を膨らまして依子さんが風太郎さんを罵倒して去っていく。頬を膨らませた顔も小動物みたいで素敵だ。
と、それを追いかける風太郎さん。この野郎、依子さんに嫌われてしまえ。
そして、俺は炎天下の地べたに放置される。
あぁ、もしかしたら俺は今日死ぬのかもしれない。
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