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恋愛蹴球  作者: ひろほ
37/72

仙台ユース終戦

松本が投げたボールは、鋭く味方に渡った。

ドリブルで少し進んだ後、龍へとパス。

ファウル覚悟のスライディングとショルダーチャージが龍に襲い掛かった。

流石の暴君もこれはたまらんとばかりに、ボールを他のプレーヤーに預けてしまう。

俺もボウッと見ている訳ではなく、再度の全力疾走でボールを追っている。

くそ、折角のカウンターなのに、スピードが緩んでしまったじゃないか。

肺が苦しい、足が燃えるようだ。

しかし、それでも走る。

あの怪物に止めを刺すんだ。

前方には、龍にまたボールが渡っているところだった。

やはり形振り構わない守備が襲い掛かる。


「おいおい……ウチの王様に何しやがんだよ!」


龍へ駆け寄ろうとしている敵の邪魔をする。

何も難しい事ではない、体で進路を塞いだだけだ。

少しでも負担が少なくなれば、アイツならどうにでも出来るだろう。

試合も終盤、疲れもあれば、痛みもあるというのに、暴君はドリブルで敵を抜いていく。

やはりコイツも規格外だ。

しかし、消耗するのは何も人間だけではない。

抉れた芝の段差に、龍は足を取られてしまった。

それでも、何とかボールをコントロールするものの、勢いも態勢も崩している。

龍は、四つん這いのような低い姿勢から、ラグビーのように後ろボールをかき出して、敵の手に渡る事を防いだ。

不思議な事に、そのボールは俺の下へと転がってくる。

きっと、苦し紛れに出しただけのはずなのに、「お前なら走り込んできてるだろ?」と言っているような気がした。

少し距離を空けた後方に、敵が一人居るくらいで、俺はほぼほぼフリーの状態。

ドリブルを開始すると共に、周りも動き出してくれた。

この状況なら、マークを絞り切れないだろうと、ひたすらボールを前に運ぶ。


「マノン!」


松本の大声が聞こえる。

離れているのに、良く通る声に従って、俺は大きく横へスライドした。


「――――――泉!?」


背後から、ボールを奪おうと襲い掛かってきたのは、泉であった。

ピッチをこの短時間でひと往復。

この終盤に何て体力だ。

しかし、それでも限界は近い。

息は大きく乱れているし、背中も丸まっている。

脚もガクガクの事だろう。

それでも相手にはしたくない。

パスコースを探すと、龍は倒れているし、他のパスコースもピッタリと塞がれていた。

最悪な事に、俺が打開するしかないらしい。

覚悟を決めろ。

大丈夫。

俺には、依子さんが着いているんだ。

そのまま泉を伴い、駆け上がっていく。

そして、急停止。

横にスライドする依子式ストップ&ゴーをお見舞いした。

体勢を大きく崩しているが、獣のように追いすがってくる。

逃げるように愚直に、素直に、今持てるだけの力を使い、全速力で走った。

これでは、どちらが攻めているのか分からない。

まだか、まだ引き離せないのか。

視界は前しか見えていなかった。広く、大きい、目の前の土地に一刻も早く逃げ出したかった。

それゆえに、泉の伸ばした脚に気がつかなかった。


「ピーーーーー」


と笛が鳴らされる。

すっ転んだ痛みよりも、ファールでも止めた事に喜びを覚えてしまった。

あの泉が、俺にそんな事をしてくれたのである。

危険なプレーをされたというのに喜ぶなんて、自分でもおかしいと思うが、口角が上がるのを止められなかった。

駆け寄ってきた龍の手を借り、立ち上がる。

やはり転倒の衝撃はなかなかのもので、節々の痛みを感じた。

そして、異変に気付く。

泉が体を起こさない。

寝っ転がりながら、泉は大きくバツを作った。

化け物にも限界があったのだと、少し息をなでおろす。


「大丈夫か泉」

「ったく、走りすぎなんだよ、お前」


ヴェガ仙台の選手と一緒に、俺たちは泉に駆け寄る。


「……肉……離れかねー、ごめんね千紘、痛かったでしょ」


息も絶え絶えに答える泉。

お前の方が痛そうだとは言わなかった。


「いやー、今日がユース最後だから張り切りすぎたねー」


しばらく担架が運びこまれ、「よっこいしょ」と言いながら乗っかる泉。

少しの間で回復したのか、思いのほか余裕そうで安心した。


「なぁ、スゲー楽しかったよな」


ポツリと龍が呟く。


「なー」


短く同意する。

泉という天才に、恐怖も感じたものだが、本当に楽しかった。

それ以上、何処が良かっただの悪かっただのを語るのは、何だかもったいない気がする。

そして、泉という脅威が去ったピッチには、何だか祭りのあとの様に寂しかった。

さて、その後ではあるが、モチベーションを明らかに失った龍が、抜く気もなければ取られる気もないボールキープで、時間と相手をもてあそび、最後にはコーナー付近でボールをこねている間に終了の笛が鳴る。

まぁ、審判に注意を受けている龍は置いておこう。流石に俺も走りすぎで、とっとと休みたいんだ。


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