仙台ユース終戦
松本が投げたボールは、鋭く味方に渡った。
ドリブルで少し進んだ後、龍へとパス。
ファウル覚悟のスライディングとショルダーチャージが龍に襲い掛かった。
流石の暴君もこれはたまらんとばかりに、ボールを他のプレーヤーに預けてしまう。
俺もボウッと見ている訳ではなく、再度の全力疾走でボールを追っている。
くそ、折角のカウンターなのに、スピードが緩んでしまったじゃないか。
肺が苦しい、足が燃えるようだ。
しかし、それでも走る。
あの怪物に止めを刺すんだ。
前方には、龍にまたボールが渡っているところだった。
やはり形振り構わない守備が襲い掛かる。
「おいおい……ウチの王様に何しやがんだよ!」
龍へ駆け寄ろうとしている敵の邪魔をする。
何も難しい事ではない、体で進路を塞いだだけだ。
少しでも負担が少なくなれば、アイツならどうにでも出来るだろう。
試合も終盤、疲れもあれば、痛みもあるというのに、暴君はドリブルで敵を抜いていく。
やはりコイツも規格外だ。
しかし、消耗するのは何も人間だけではない。
抉れた芝の段差に、龍は足を取られてしまった。
それでも、何とかボールをコントロールするものの、勢いも態勢も崩している。
龍は、四つん這いのような低い姿勢から、ラグビーのように後ろボールをかき出して、敵の手に渡る事を防いだ。
不思議な事に、そのボールは俺の下へと転がってくる。
きっと、苦し紛れに出しただけのはずなのに、「お前なら走り込んできてるだろ?」と言っているような気がした。
少し距離を空けた後方に、敵が一人居るくらいで、俺はほぼほぼフリーの状態。
ドリブルを開始すると共に、周りも動き出してくれた。
この状況なら、マークを絞り切れないだろうと、ひたすらボールを前に運ぶ。
「マノン!」
松本の大声が聞こえる。
離れているのに、良く通る声に従って、俺は大きく横へスライドした。
「――――――泉!?」
背後から、ボールを奪おうと襲い掛かってきたのは、泉であった。
ピッチをこの短時間でひと往復。
この終盤に何て体力だ。
しかし、それでも限界は近い。
息は大きく乱れているし、背中も丸まっている。
脚もガクガクの事だろう。
それでも相手にはしたくない。
パスコースを探すと、龍は倒れているし、他のパスコースもピッタリと塞がれていた。
最悪な事に、俺が打開するしかないらしい。
覚悟を決めろ。
大丈夫。
俺には、依子さんが着いているんだ。
そのまま泉を伴い、駆け上がっていく。
そして、急停止。
横にスライドする依子式ストップ&ゴーをお見舞いした。
体勢を大きく崩しているが、獣のように追いすがってくる。
逃げるように愚直に、素直に、今持てるだけの力を使い、全速力で走った。
これでは、どちらが攻めているのか分からない。
まだか、まだ引き離せないのか。
視界は前しか見えていなかった。広く、大きい、目の前の土地に一刻も早く逃げ出したかった。
それゆえに、泉の伸ばした脚に気がつかなかった。
「ピーーーーー」
と笛が鳴らされる。
すっ転んだ痛みよりも、ファールでも止めた事に喜びを覚えてしまった。
あの泉が、俺にそんな事をしてくれたのである。
危険なプレーをされたというのに喜ぶなんて、自分でもおかしいと思うが、口角が上がるのを止められなかった。
駆け寄ってきた龍の手を借り、立ち上がる。
やはり転倒の衝撃はなかなかのもので、節々の痛みを感じた。
そして、異変に気付く。
泉が体を起こさない。
寝っ転がりながら、泉は大きくバツを作った。
化け物にも限界があったのだと、少し息をなでおろす。
「大丈夫か泉」
「ったく、走りすぎなんだよ、お前」
ヴェガ仙台の選手と一緒に、俺たちは泉に駆け寄る。
「……肉……離れかねー、ごめんね千紘、痛かったでしょ」
息も絶え絶えに答える泉。
お前の方が痛そうだとは言わなかった。
「いやー、今日がユース最後だから張り切りすぎたねー」
しばらく担架が運びこまれ、「よっこいしょ」と言いながら乗っかる泉。
少しの間で回復したのか、思いのほか余裕そうで安心した。
「なぁ、スゲー楽しかったよな」
ポツリと龍が呟く。
「なー」
短く同意する。
泉という天才に、恐怖も感じたものだが、本当に楽しかった。
それ以上、何処が良かっただの悪かっただのを語るのは、何だかもったいない気がする。
そして、泉という脅威が去ったピッチには、何だか祭りのあとの様に寂しかった。
さて、その後ではあるが、モチベーションを明らかに失った龍が、抜く気もなければ取られる気もないボールキープで、時間と相手をもてあそび、最後にはコーナー付近でボールをこねている間に終了の笛が鳴る。
まぁ、審判に注意を受けている龍は置いておこう。流石に俺も走りすぎで、とっとと休みたいんだ。
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