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恋愛蹴球  作者: ひろほ
33/72

仙台ユース12

―――ゲーゲンプレス。

忌み嫌われる『縦ポン』の進化系と言って差し支えはないだろう。

大きく蹴り出したボールを、ワザと相手に触らせ、その跳ね返ったボールを確保する。

もしくはミスを狙う。

ざっくりと説明すればこのような戦術だ。

サッカーのほとんどのプレーは足で行われる。

故にヘディングのプレーはミスが多くなる。

足で扱おうにも、浮いたボールを足でうまくコントロールするのは至難の業だ。

眼前に相手が迫ってくれば尚更ミスが増える。

苦し紛れの様に、大きく蹴りだす事に抵抗があったが、考えてみれば泉のミスを誘えれば言う事がない。

その泉からミスを誘うっていうのが、ギャンブルめいていたので、なかなかどうして考えが及ばなかった。

龍のこぼれ球の拾う勘があるのだから少しは信頼しても良さそうだ。


「龍、よく思いついたな、ゲーゲンプレスなんて」

「あぁ? なんだそりゃ」


得点を決めたというのに、不満そうなちびっ子ヤンキーから、予想外の答えが返ってくる。


「お前が泉を狙って蹴りだせってやったんだろ?」

「ちげーよ、俺が泉を抜くって意味だよ」

「……おっ、おう……そうか」


勘違いの恥ずかしさと、結果オーライの安堵がない交ぜになった気持ち。

なんでサッカーやってて、こんな気持ちを味わう羽目になるんだ。


「泉、どうくるかな」

「……悔しいだろうなぁ、ほぼ押してるってのに、負けてるんだから」

「敵に同情とか余裕だな、お前」

「だな、気を引き締めなきゃ」

「あと、俺にボールくれ、一度は泉を抜かねぇと気が済まねぇ」

「あと二十分待て、まだ泉だけを相手にするわけにはいかないからな」


ピッチ横の時計を見ながら答える。針は二十分過ぎを指していた。


「すぐロスタイムになるじゃねぇか」

「それまでにもう一点取ったら考えなくもない。頑張れよ、点取り屋」

「分かった!」


妙に素直な返事をしながら、センターサークルの外側で振り返る龍。


その背中を見るに、イラついているのが分かる。

……二十分もたないだろうな。




手負いの獣が恐ろしいというのは、誰が初めに言い出した事なのだろうか。

今までの泉は、要所で自分を輝かせつつもチームの調和を取る指揮者という感じがピッタリであった。

しかし、それが今はどうだろうか。

ボールのタッチ数、そしてキープの時間の長さ、自身で勝負する回数が格段に増えた。

その泉の鬼気迫る攻撃参加に、ヴェガ仙台全体も鼓舞している。

まるで一流のコンサートマスターが自らの演奏でオーケストラ全体を引っ張っていくかのようだ。

今まではタクトを振りながらどこか達観していた泉が、プレイヤーのステージへ降り立った。

そんな情熱的な泉の方が、個人的には好感が持てる。

ただ、敵からしてみたらたまったもんじゃない。

押し込まれ放題の我がチームは、俺がほぼDFに組み込まれている状態だ。

泉のマークはFWの二人がかりでマークしているため、何とかなっているものの、前線にはほぼ龍が一人。

俺がCBと協力しながら、相手の攻撃陣を抑えていると、後ろから顔を出した泉がミドルシュートを撃つシーンが多く見受けられる。

我がチームのストロングポイントであるゴールキーパーの松本に助けられる。

流石、世代別代表にも選ばれる人間だ。

もちろん、こちらとて自由に撃たせているわけではない。

その点ではFWの二人も、まぁ、よくやっている。


「磐田、コーナーにしちまっていいからな?」


松本がプレーの切れ間に話しかけてくる。


「……撃たせるなって事?」

「簡単に言うとな。はじいたシュートを詰められそうで怖いんだよな、あの波状攻撃見てると」

「まぁ、善処しますわ」


会話を切り上げ、持ち場に戻った。

ただ泉の狙いは分かり切っている。

ミドルシュートを撃ちこんでいけば、俺やCBが前に出て泉のシュートスペースを消そうとする。

そうなれば前線の選手を見逃すリスクも冒さなければならない。

とはいっても、このままでは得点されるのも時間の問題だ。

試合時間も三十分を過ぎ、逃げ切りを狙えるが泉相手には危険だと、本能が告げる。

―――だが頃合いだ。


「龍! サイドケア!」


叫ぶ。

相手の左SBが上がり、ボールが入った時である。

龍とこちらの右MFが挟むようになる。

丁度、頼みの泉は近くに居ない。苦し紛れにとりあえず近くの味方に預ける。

そして、俺はその預けた人間にチェックしに行く。

『ワザと』スペースを空け、泉をそこに走りこませる。

先ほどと同じ流れだ。

このまま泉からボールを奪う為の罠。

今度はFWが置いていかれてはいない。

そして、決定的に違う点――――――泉のスピードが落ちている事。

前半の終わりからしかこの戦術を取らなかった理由、それは泉の体力の問題だろう。

スタミナ抜群の選手でも、どこかで一息ついている時間というのはある。そこも技術だ。

だが、泉はほぼ攻守両面で駆けずり回り、指示すら出さなくてはならない。

そして、苦し紛れに出したパスは、今の泉には取り切れないものだ。コースも悪い。

そんな幸運も味方し、たやすくカットしボールを奪う。


「くっそ!」


泉が叫ぶ。

あの泉がここまで感情をあらわにするなんて―――これだからサッカーはたまらない。


「龍!」


と叫ぶ前にアイツは走り出していた。

泉がすぐにチェックに来ているため、思い切り蹴りだす暇がないが、相手DFの頭を超えればそれで良い。

DFを振り切り、オフサイドの旗も上がっていない。

あとはこのまま独走するだけ―――。

と、そういったセオリーが通用しないのが、横浜龍だ。

トラップはせずに、そのままボレーシュート。

前に出ていたキーパーの頭を越えつつも強烈なドライブをかけ、急降下しながら無人のゴールに決まった。

ダイレクトボレードライブシュートなんて漫画でしか見たことがない。

とにかく、これでスコアは5―2。

安心して逃げ切れる。


「千紘! お前、覚えてるな!?」


あっ、そうだ、泉と一対一で勝負させるんだった。

まぁ、もう泉のスタミナも切れてるから、勝算は高いだろう。

無言のまま親指を立てたハンドジェスチャーで答える。


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