仙台ユース11
ゴールまでは四十メートル弱のややサイドラインより、と距離があるが、なかなか良い位置でのフリーキックだ。
壁役としてキッカーの前に立つ。
蹴るのは当然、泉だ。
踵でトントンとピッチを叩いてから、靴の舌を調整する。
ボールの空気穴を自分に向けて、後ろに下がる。
これが泉のルーティンだ。
こういったところは変わっていないなぁ。と少し懐かしく感じた。
……直接狙ってくる。
自分の直感がそう伝えてくる。
嫌な予感と、速いボールが飛んでくる恐怖が入りまじった不安な気持ちで、頭上を通り過ぎるボールを見送る。
高々と上がったボールは、クロスバーを越えるであろうと思われたが、急にブレーキがかかったように落ち始める。しかも揺れながら。
無回転フリーキック。
緻密なサッカーを好む泉が唯一と言っていいほどの博打じみたプレーだ。
キーパーは反応するも届かず、そのまま入る―――かと思われたが、ポストに阻まれた。
急いでDFが蹴り出し、何とか失点は免れた。
こんな切り札があるならフリーキックを与えるのも控えなければならない。
自分でも何故忘れていたのか。その愚かさに腹が立った。
しかし、ファウルを与えずに泉を止めるなんて本当に可能か?
それでもやらねばならないのだが。
……考えてみれば、泉のマークは俺じゃないんだよな。
一抹の不安を覚えつつ、さらなる策を考える。
どうすれば泉を抑えることが出来るのか。
どうやって追加点を獲ることが出来るのか。
考えろ……直感と経験、そして泉に関する知識をフルに使って、泉が驚くような策を―――。
さて、ミスのないサッカーをすれば負けることが無い、と言ったのはどの名プレーヤーだっただろうか。
泉率いるヴェガ仙台はミスを本当にすることなく、有利に進めていった。
サッカーは不思議なもので、うまくいく時間帯というのがある。
その時間帯に入っているためなのか、そもそも力が及ばないのか、後半開始から十五分もの間、こちら側の半分のエリアに押し込まれている。
当然、守備に奔走しているものの、なかなかボールをキープするに至らない。
味方が何とかボールをクリアするが先ほどから拾われてばかりで、ヴェガ仙台はもう一度攻めなおすだけだ。
幸いにも泉は攻撃に積極的に参加はしてこない。
得点するのは時間の問題と判断してのことだろうか?
もちろん、ボール回しなどにも参加してはいるが、龍とFWの選手を軽くあしらうように、ある程度引きつけたらパスを出す。
おかげで龍が守備ストレスを爆発させそうで恐ろしい。
チームもそれを感じ取っているのか、ボールが出るたびに龍の方を見る。
そういったメンタルもだが、守備疲れも明らかに見えている。
対して、お手本にすべきポゼッションサッカーを繰り広げているヴェガ仙台。
「千紘ーっ!」
タッチラインを割った際に龍が大きい声をあげる。
あっ、ついにブチ切れたか、と思いつつ声の主を見やると、泉を指しながらこちらを強い眼差しで見ている。
主語と述語を述べてもらわんと困るのだが……―――――――あっ、そういうことか。
うん、博打よりもはるかに効果的だ。
「俺に寄越せ!」
気付いたと同時に声を張り上げ、自身の鼓動が大きくなり駆けていた。
スローインを受け、即座に大きく蹴りだす。
「上がれっ! 詰めろ!」
そう言いながら俺も前へ走る。
俺の蹴りだしたボールの狙いは泉の後ろ。とにかく大きく蹴りだせば良い。
我がチームのFWと追いかけっこをしながら泉が落下点に入った。
頼むぞ、せめて競ってくれさえすれば……。
こちらの目論見通り、泉とFWが競り合いながらヘディングをする。
さしもの泉も、この状態でうまいヘディングなど出来ない。
ルーズボールとなったボールに反応したのは、やはり龍だった。
着地で体制を崩した泉を置き去りに、そのまま加速する。
キッチリと戻ってきていたヴェガ仙台の選手を、事もなげに間をすり抜けるドリブル。
乗りに乗った際のアイツのドリブルは、何度見ても龍の道を思わせた。
必死に追いすがる泉をあざ笑うかのように、最後は飛び出してきたキーパーの頭上を抜ける美しいループシュート。
柔らかくネットに吸い込まれ、4―2と引き離した。




