守護神 松本雅也
仙台の攻撃は続く。
何しろこちらはボールを保持できないのだ。
龍が上下に動く事で、自然と中盤は密集地になってしまっている。
この策は失敗だったかと思うものの、龍の動きに釣られて大胆な攻めを出来ていないのも確かだ。
ここはとにかく耐える時間。
それに、俺達には頼れる守護神が居る。
松本 雅也という世代別代表にも選ばられる優秀なゴールキーパーだ。
180センチを超える高身長に、抜群のバネ、勇猛果敢な精神力、そして、何よりも良く通る声。
この試合も、何度その声に助けられた事か。
さらに、キャプテンマークを巻くのも、この松本である。
「後ろ来てる!」
おっと、俺がボールを持った時、すかさず松本から声が掛かった。
このように、背後に相手が来ていた時は本当に助かる。
しかし、パスの出しどころが見当たらない。
背負いながらも何とか見つけ出そうとするが、なかなか判断に迷ってしまう。
「こっち良いぞー!」
背後に相手がピッタリくる前に、松本に戻す。
大きく前に蹴り出して、とりあえず全体を前に押し上げた。
とはいえ、適当に蹴った訳でもなく、DFの背後を狙い、追いかけっこを強要させていく。
こういった、いわゆる足元の技術も松本は上手い。
ハッキリ言って、フィールドプレーヤーとしても通用するんじゃないか。
そう思って、松本に訊ねた時の事を思い出す。
「松本くんって、いつからキーパーやってるの?」
「中学からだな」
「中学……じゃあJrユースの時はなりたてだったって事?」
「まあ、そうなるね。つーか、知らなかったっけか?」
「いや、松本くんとはJrユースからで、Jrの時は別支部だったしね」
「そっかそっか、元々は俺、FWだったんだよ。ほら、定期的にシャッフルってするじゃん? それでキーパーやんないか? って」
うちの下部組織は定期的にポジションを入れ替える。
といっても、それで公式戦に挑むわけではないお遊びみたいなものではあるが、松本のようにポジションの適性を見出される事もある。
俺も色々なポジションを試された方だとは思うが、ボランチで落ち着いた。
今やっているサイドバックも、その経験が活きているとも言える。
ちなみに、龍は守備的なポジションは無理、という判断だったのか、シャッフルも前のポジションしかやらなかった。
「FWからか……フィールドに戻りたいとかある?」
「今は全く無いな。やっぱ周りは上手い奴ら、速い奴らばっかでさ。それに、プライドみたいなもんもあるし、楽しいし」
「楽しい?」
「おいおい、キーパーがつまらないみたいな口ぶりじゃんか。楽しいぞ、キーパーって。チームで一人だけだし、お前らの姿が良く見える、お前らの頑張りとか苦しさが良く見える。でもって、俺がチームを支えてるって思えるしな」
「すげぇなぁ……」
「うん?」
松本の言葉を聞いて、感嘆の声が漏れてしまった。
孤独とチームの要である責任感、特に失敗の許されない重圧に俺は耐えられるだろうか?
俺なら自身のチームに対して悪態をついてしまいそうでもある。
いや、実際つくし。
「いや、松本くんがうちのキーパーで良かったって思ってさ」
「なんだそりゃ、気持ち悪い……」
なんてことがあったなぁ、と意識を現実に戻す。
そんな頼れる男である松本を擁する我々の守備は、ちょっと変わったところがある。
『シュートは撃たせて良し』というものだ。
もちろん、タダで撃たせるわけではない。
シュートコースを防ぐ事に注力しろという事である。
ボールを持たせるだけ持たせて時間を浪費させる、なんていう戦術もあるが、シュートを撃たせて浪費させるのは中々珍しいのではなかろうか。
ちなみに、ウチのチームのスタッツ―――試合データの数字は、あまり見栄えの良いものではない。
ポゼッションサッカーを標榜している故、ボールの保持率なんかは悪くはないが、被シュート数がすこぶる多く、インターセプト、一対一の守備率も悪い。
見る人から見れば、守備の雑なチームという判断がなされることだろう。
しかし、それは俺達の戦術の狙い通りでもあるし、敵チームがそのデータに踊らされてくれるのであれば言う事無し。
とはいえ、龍にせよ、松本にせよ、個人頼りというのは情けないとも思うのだが……。




