仙台ユース7
さてと、これからどうやって勝ち越すかなー。
と考えている間にボールがキックオフされた。
そんでもって、サイドから進めるよりも中央から進めた方がいいと考えたのか、ちーっともサイドの方に流れて来ない。
中央の狭い範囲でボールをこねくり回しても相手のマークもズレたりはしない。
しかも、龍も下がってきているので、相手からしても脅威ではない。
泉が龍にやや距離を空け位置しながらも、今度は1トップのFWに蓋をするようにパスコースを切っている。
こちらもFWへ先ほどのようにパスは出来ないが……良いのか泉?
そんなにバイタルを空けてしまって?
息を大きく吸い込み、酸素を取り込む。心臓が大きく鼓動し体中の血管が脈打つと血液が駆け巡る。
それは自分の中に蛇がうごめくように。
面白い―――蛇のように狡猾で冷酷に、視覚で嗅覚で、そして味覚で獲物捉えよう。
一番美味しいところに咬みつこう。
ゆっくりと気配を殺しながら地を蹴る。
決して逸ってはいけない。
待つのだ。
茂みから獲物が無防備になるのを。
ボランチが俺とは逆サイドにボールを送る。
じわじわと、ボールがボランチに入るのを待ちつつ、MFとほぼ並び立つ。
先ほど俺がやられたように、相手のマークのズレを誘う――――――為だと思わせるために。
ついにボールがボランチに戻ってくる。
これをスタートに俺の体が跳ねる。身をたわめた蛇が獲物に跳びかかるかのように。
俺の姿を見てMFも駆け出す。
良く反応してくれた。
俺の狙いの囮には十分使えるだろう。
今から行うプレーは守備の事など知ったこっちゃないと言わんばかりの攻め方だ。
故に、中途半端は止めて躊躇なく咬みつかせてもらおう。
俺の狙いは泉、お前の背後だ。
先ほどは無理やり動かした泉の前に切り込んでいった。
しかし、今度は泉の背後を直接突く。
サイドワインダー。
蛇の名前でもあるが、戦闘機が目標に回り込むように横から攻撃することを指す。
それと同じように、龍に気を取られている泉よりも奥に行くと即座に内側に切り込む。
ボランチにボールを俺に出せと要求する。というか出さなければ殺す! とばかりに睨み付けたので脅迫に近いかもしれない。
幸い大人しく俺にボールを出してくれた。
前方のFWが左へ流れる。いやいや、お前は縦に行くべきだろうが、まだハーフウェイラインを越えたくらいの位置だぞ? それならせめて俺の壁役になれよ。
まぁ良い。俺の目の前にはDFは一人しかいない。
少しバウンドしながら足元に来るボール。
――――――決めた。
見せつけてやろう。
一足先に昇格された悔しさを、エースともてはやされる羨ましさを、ハメられた屈辱を、ボランチとしてゲームをコントロールしている憧れを、全てを込めた上で泉の眼前でアピールしよう。
俺は、こんなところで立ち止まっている訳にはいかない。
停滞している訳にはいかない。
「愛の力で抜いてやる」
―――三月の後半、依子さんと一対一を毎日やっていた頃、いつも最後はこの技で抜き去られていた。
ちなみに言うと、告白した時もそうだった。
感覚がまともな右足を伸ばし、足の甲の外側で乗せるようにトラップする。
もちろん、その動きにDFは右側へ釣られる。もちろんアウトサイドでトラップするなら、そっちに行くに決まってる。
うんうん、痛いほどその気持ちは分かる。
ボールの下側を撫でるように、足を滑らしていき親指の付け根辺りでやや左斜めに押し上げる。態勢を崩したDFの右肩の辺りをボールは通り、俺も左側を抜き去る。
これが依子さんに散々抜かれたフェイント。
エラシコ―――有名解説者が開発したという、足の外側でボールをコントロールし切り込んでいくカットインと、ボールを内から外へ跨いで足の内側でコントロールする跨ぎフェイントを、同じ足で行う技……というと何だか分かりづらいが、ようは足でボールを往復ビンタするような技だ。
これだけでも難易度が高いというのに、依子さんは空中でやってのけ、両足とも出来てしまうのだから驚きだ。
俺にしても今回ちょっとボールが弾んでいたので、空中へ上げる動作が少なかったために出来ただけで、依子さん自身と比べてキレが劣るナマクラも良いところだ。
結果的に抜けたものの、いつでもどこでも出来て抜けるほどではないだろう。
依子さんの偉大さを感じつつ、あとは無人の野を駆けるようにゴールへ向かう。
そんな俺の動きと周りの状態を見つつ、キーパーが一人でシュートコースを塞ぎながら慎重に前に出てくる。
頭を越えるループシュートでも狙うか? それとも抜きにかかる? もしくはパス?
……くそ、迷う。
「撃て!」
龍の声が背中を押す。
思い切り、シュートコースを完璧に塞がれる前に撃ちこむ。
が、至近距離で放たれたシュートは、キーパーの顔面にメリ込んだ。
「……あり?」
ネットに突き刺さる予定であったボールは、顔面をクッションに緩やかにゴールに入る。
何とも締まらない得点だ。
倒れ込むキーパーを、一応気を遣っていると龍がニヤニヤしながら話しかけてくる。
「うわー、千紘酷いー、マジ引くー」
「ワザとじゃないわ」
「どうだかな、オメー性格わりいから」
くっそ、なんとでも言え。スコアはこれで3-2でまたもや勝ち越す。
前半三十分弱でこのハイペース。馬鹿試合と呼ばれる域に入ってきた。




