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恋愛蹴球  作者: ひろほ
24/72

仙台ユース4

相手ボールから始まり、キックオフからすぐに泉に渡るが、龍が激しく泉にチェックしに行く。

しかし、事も無げにあっさり躱される龍。

……お前の守備は軽率すぎる。

あの連携を誇る攻撃陣を持つ仙台相手に、守備が後手に回ってしまうのはまずいのだ。

続いて、うちのボランチが間合いを取りながら遅らせるものの、泉に対してはもっと体が触れるほどに寄せなくてはならない。

横にドリブルを開始すると、一度、CMFの一人に預け、すぐさまボールを受ける。

基本的なワンツーパスだが、動き出すまでの挙動でフェイントをかけ、完璧にボランチを置き去りにした上でパスを受けていた。

こういった細かいボールを持っていないときの動きに関して、泉より上手い人間を見たことがない。

ドリブルでそのまま駆け上がる泉に、DFが激しくチェックにいった。

それはつまり、すでに最終ラインまで侵入されているという事。


「頼むぞ……」


仲間を頼る―――というよりも、祈りに近かった。

泉はFWを見ているが、相手のチームのマークは、俺はもちろん誰一人として外してはいない。

無様に抜かれた龍とボランチも泉を捉えつつある。

ここでDFが遅らせる事が出来れば、泉を囲み、カウンターのチャンスもうかがえるのだ。

が、そこは龍に引けを取らない才能を持つ、東北の至宝である。

ボールを全く見ずに蹴りだす。


「え?」


思わず声が漏れる。

それはDFの頭上を越え、誰もいないスペースにフワリと落ちた。

しまった―――視線は囮!?

どうしてそんなところに? ただのミスキックのような中途半端な位置に蹴りだしたことによって、敵も味方も思考が止まる。

もちろん、俺もその一人だ。

その空白の一瞬、まるで時が止まったような中で、ただ一人泉だけが走っている。

気づいたときにはもう遅かった。

前から後ろから、そして横から追いすがる俺たちをあざ笑うかのように、またもやフワッとしたボールを蹴りだす。

泉のプレーに反応し前に出ていたキーパーの頭上を越え、転々とゴールに吸い込まれてしまった。

先制点を取って、わずか一分ほどで同点。

個人技とチームプレーをうまく使うどころか、味方の逡巡、敵の思考すらも逆手にとってゲームを支配してしまった。


「龍!」


暴君を呼びつける。


「……」


バツが悪そうな龍は黙ってこちらを見ている。


「多分、この試合は点の取り合いになるからな。個人技にこだわるのもいいが、周りをうまく使ってぶち抜いていけ」

「あ……あぁ」

「あと、守備は気にすんな」

「……すまねぇ」


龍の軽率な守備から失点につながった事を分かっているようで素直に謝ってくる。

こんなひねくれ者でも、サッカーに対しては真摯らしいので安心した。

さて、とはいえ、龍が守備をしっかりしたとしても、泉を止められるとは思えない。

まぁ、殴り合いのような試合展開ならば、泉にはどんどんパスを出してもらって、他の人間で止めるとしよう。

失礼な話だが、泉を止めるより他の人間を止める方が随分容易い。

あとは龍がどれだけ攻め切れるか。

しかし、龍の相手はあの泉だ。

攻撃に関しては、龍の方がやや秀でている―――と思うが、こと守備に関しては圧倒的に泉だ。

体格的にも。

つまり龍は泉を攻められるものの、泉を抑える事は出来ない。

先ほどの失敗から、抑えられないならせめて遅らせようとはするだろうが。

また、他のチームメイトは龍の突拍子もないプレーに合わせられない。

守備力は優秀なうちのキーパーを含めて五分だろう。

どうする―――。

迷っているうちに再開の笛が鳴ってしまった。

くそ、攻めの考えがまとまってないというのに!

キックオフからゆっくりとボールを回す我が小平FC。

動き回るものの決定的な動き出しに繋がらない。

同点に追いつかれた直後の為、慎重になってしまうのは仕方がない。

が、このままではジリ貧だ。

こちらは動き回ってスタミナを消耗し、あちらはミスを待ってカウンターを仕掛ければ良い。

ミスをしないサッカーなど現実的に有り得ないのだ。

何とも言えない焦燥感が俺を襲うのだが、幸いにもミスをしないまま五分ほど時間が過ぎる。

泉擁する仙台FCは、FWも献身的に守備をし、プレッシャーを常にかけてくる。そんなチームを相手にミスをここまでしないとは何故だろうか?

―――気付く。

龍が前線にいない。

それはどういう意味を持つか。

通常、龍は前線でボールを待っている時間がとてつもなく多い。

しかも貰いに行く動きも少ない。

Jrユース時代、ユースチームの練習台としてボッコボコにされた事がある。その際、あまりにもボールを貰えない様は置物やお地蔵さんと揶揄されるほどだった。『俺にボール預ければ何とかしてやるから、ボール持ってくるまではお前らが何とかしろや』というプレーは対策があまりにもしやすく、さらにチームも龍に頼り切ってしまっていた為、龍を活かす、動かす事も出来なかった事も一因にあった。

しかし、今回はボランチのすぐ近くにまで低い位置に下がり、ボールも自分本位ではなく、繋ぐ役割を担っている。

ふむ、成長した、という事だろうか?

こいつは一体どういった趣旨でここまで下がっているのかは分からないが、俺との距離が近いのなら、龍使いの俺の出番だろう。

龍にボールが入ると泉の位置を確認する。

泉は龍と距離を取りつつもに引きずられるように上がってきている。

その結果、相手のDFとMFの間―――バイタルエリア―――が広がっている。と、なれば指示する事は一つ。


「龍! 縦だ!」


龍が出したそのパスは、ぽっかりと空いたバイタルエリアに位置していたFWに簡単に入る。

泉のような選手が、危険なエリアを容易にあけるはずがない。

しかし、リスクを冒さなければ勝てない。

泉は一体、どのような罠を張っているのか?

攻撃的なエリアにボールが入ったことにより、前線の選手が激しく動き出す。

もちろん俺と龍も前へと急ぐ。

FWが左右のMFと連携しながら攻め、龍と泉はほぼ攻守に関係ないワーワーとした流れの中、グダグダのままこちらのコーナーキックとなった。


「ふぅ……」


まるで自分が攻められているかのように、ゲームが途切れ安心する。

何もなかったが、泉の意図は一体なんだろうか……。と思案にふけっていると泉が唇を噛みつつ苦い顔をしている。

自身に不甲斐なさを感じている? 自らのミスだと思っている?

―――まさか泉はこの展開を全く予想していなかった? ぽっかりとバイタルエリアを空けるリスクを? あの泉が?


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