仙台ユース2
Jヴィレッジ―――JFA直轄のトレーニングセンター。JFAアカデミーというサッカーの専門学校のようなものの福島支部でもある。
震災の際には自衛隊の拠点となり、広大な敷地の芝生は車両にズタズタにされた。
だが、個人的には思いのほか自衛隊に対しての恨みはなかった。
Jヴィレッジが救助作業などに役だっているというのは、サッカーに関わるものとして誇らしかった。
反対に、芝生をこんな風にしやがって! とお怒りの人もいたようだが……。
そのズタズタにされた芝生も震災から数年経ち、立派に綺麗な緑を生やしている。
「龍! 千紘!」
後ろからの声に振り向くと……。
「泉!」
噂の仙台の至宝が立っていた。
「久しぶりだねぇ、龍から千紘がユースに上がれなかったって話を聞いて、心配してたんだけど元気そうだなぁ」
訛りの入った標準語なのか、泉の癖なのか知らないが、間延びのした語尾を聞いて、何故だかホッとする。
「おーよ、泉も相変わらずのんびりな感じだな」
「そーかぁ? 皆そんなもんでしょぉ?」
「……泉、お前、すげー背が伸びたな」
と和やかな会話を、身長コンプレックスのチビが喰ってかかる。
「いやぁ、なんか成長期が遅れてきたみたいなんだよなぁ」
一緒に居た時期は、龍ほどではないが小柄な部類であった泉は、いまや俺を超えるような身長になっている。
のんびりした奴は成長期すらのんびりしているのかもしれない。
おっとりした雰囲気に反して、きりっとした顔立ちで癖毛でワイルドな面持ちであったから、バランスが取れているような気がしないでもない。
「俺も伸びねーかなー。お前らでか過ぎるんだよ、俺がチビに見えるじゃねぇか」
いや、お前はそもそもチビだ。
「伸びるってー。諦めんなよ」
「俺は諦めてねぇって!」
ちなみに、どうでも良い情報かもしれないが、真理は泉といると居心地が良いらしく、理想の兄だそうだ。二人の間延びした会話は聞いているとイラつきもするが、当人同士は波長が合っているのだろう。
「今日はよろしくなー、多分ユースでお前らとやるのはこれが最後だぁ」
「ってことは、トップに決まったのか?」
プロになることを一度でも夢見なかったサッカー小僧はいない。セレクションを勝ち上がり、尚且つ競争を続けレギュラーを獲得した上でも、トップチームへと行く人間は限られる。
社会人リーグに行く者。大学などに進学する者。もしくは他のチームへのセレクションを受けに行く者など。そのままサッカーを辞めてしまう人間も少なくない。
「すげーな! 泉!」
小柄な龍が泉に飛び付き、喜びを表現する。
「お先に失礼するよぉ。上で会おうぜぇ」
そんな同世代の『出世』を目の当たりにして、俺もテンションが上がってきた。
もちろん対戦相手として。
プロに選ばれるような選手の実力がどのようなものか、しっかり肌で体感してやる。同時に抑え込んでやろうと対抗心も燃え上がってきた。
「あのー……久しぶりだね……?」
と、またもや後ろから話しかけられる。
すらっとした長身で、肌が透き通るように綺麗な白、きりっとした瞳を持った美人さんが居た。
「……」
「むー」
思い出せずにどうにも黙ってしまった俺の様子を見て、口をとがらせてむくれる。
「千紘ー、俺の妹ー」
「えぇっ!?」
泉の一つ下、俺と龍の同学年の多賀部 結愛。
なんだ? 東北に行くと身長が伸びるのか?
泉と同じく、女子の中でもちんちくりんの部類であった結愛。
それが今や龍と同じ……いや、やや結愛の方がわずかに高いくらいに背が伸びていて、整った目鼻立ちからは大人の女性の雰囲気すら醸し出している。
「結愛がこんな風になるなんてなぁ」
「……結愛もすげー背が伸びてる……」
見事に追い抜かれてしまい、半泣きになっている龍はほっといて会話を続ける。
「いやービックリしたわー、ほんとに美人になって」
「えっ? 美人?」
パッと表情が明るくなる。こういった表情は昔からの面影を感じさせた。
「ほんとほんと、男どもがほっとかないんじゃねーの?」
「そ、そんなぁ、全然モテないよ……それに……」
「それに?」
「……やっぱ止めとく……」
「そっか」
「結愛ー、こいつニブイからちゃんと伝えねぇとダメだぞ。サッカー以外に関しては、不器用も良いところだかんな」
確かに、社交性に関しては、優等生を演じるくらいしか、自分の中にバリエーションはない。
しかし、人見知りのこいつに不器用呼ばわりされる筋合いはない。
「龍君に言われるって、相当だね、磐田君」
うっすらと口角をあげながら、龍に乗っかり始める結愛。
「おぉ、千紘のサッカーは不器用なとこあるからなぁ。日常も不器用なんだろうなぁ」
「いや、泉、納得するな!」
「けど、龍君はずっと磐田君と一緒にいるからね。ポイント高いよね」
「何のポイントだよ!」
「千紘ポイントじゃね?」
「千紘ポイント? 龍、何それー?」
「俺も知らねえ」
おい適当に言うんじゃねぇ。
「知らないのかぁ」
「私も知らない」
いや、せめて言い出しっぺのお前だけは知っていろ。
あぁ、思い出した。
こんな感じで、結愛と龍は二人で取り止めのない話を繰り広げていたな。
当然、槍玉にあげられるのは俺で、ツッコミが追いつかないことが多々ある。
「ったく、訳のわからん会話をしやがって、結愛がボケに回ると、俺が過労死するからやめてくれ」
「えー、磐田君が困る顔を見るのが良いんだけど」
しかも、こいつ、Sなんだよな。
「そういうのは、そういうのがご褒美の人にやってあげなさい」
「磐田君以外にやる気はないなぁ」
「……勘弁」
「試合の後、時間ある? 話したいことがあるんだけど?」
「試合の後? 龍ー、この試合の後ってなんだっけ?」
「ミーティングだな。けど、お前は結愛と会ってろよ」
「いや、俺だけ別行動とか無理だろ、よく考えろ馬鹿」
「けっ……馬鹿はどっちだか……」
「まぁまぁ、ミーティングって時間かかりそう? 私は今日はしばらくは暇だから、時間は合わせられるし……」
「どうだろうな。泉があんまり俺らをいじめると長引くだろうけどね」
「しょうがないなぁー、全力で行くよー」
望むところだ、プロへの試金石にさせてもらう。
「んじゃあ、なるべく早めに終わらせるように頑張るわ」
「分かった、ありがとうね。じゃ、また後で!」
言いながら多賀部兄妹は立ち去った。
久しぶりの泉との試合だ、気合を入れて相手しなければ!




