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恋愛蹴球  作者: ひろほ
22/72

仙台ユース2

Jヴィレッジ―――JFA直轄のトレーニングセンター。JFAアカデミーというサッカーの専門学校のようなものの福島支部でもある。

震災の際には自衛隊の拠点となり、広大な敷地の芝生は車両にズタズタにされた。

だが、個人的には思いのほか自衛隊に対しての恨みはなかった。

Jヴィレッジが救助作業などに役だっているというのは、サッカーに関わるものとして誇らしかった。

反対に、芝生をこんな風にしやがって! とお怒りの人もいたようだが……。

そのズタズタにされた芝生も震災から数年経ち、立派に綺麗な緑を生やしている。


「龍! 千紘!」


後ろからの声に振り向くと……。


「泉!」


噂の仙台の至宝が立っていた。


「久しぶりだねぇ、龍から千紘がユースに上がれなかったって話を聞いて、心配してたんだけど元気そうだなぁ」


訛りの入った標準語なのか、泉の癖なのか知らないが、間延びのした語尾を聞いて、何故だかホッとする。


「おーよ、泉も相変わらずのんびりな感じだな」

「そーかぁ? 皆そんなもんでしょぉ?」

「……泉、お前、すげー背が伸びたな」


と和やかな会話を、身長コンプレックスのチビが喰ってかかる。


「いやぁ、なんか成長期が遅れてきたみたいなんだよなぁ」


一緒に居た時期は、龍ほどではないが小柄な部類であった泉は、いまや俺を超えるような身長になっている。

のんびりした奴は成長期すらのんびりしているのかもしれない。

おっとりした雰囲気に反して、きりっとした顔立ちで癖毛でワイルドな面持ちであったから、バランスが取れているような気がしないでもない。


「俺も伸びねーかなー。お前らでか過ぎるんだよ、俺がチビに見えるじゃねぇか」


いや、お前はそもそもチビだ。


「伸びるってー。諦めんなよ」

「俺は諦めてねぇって!」


ちなみに、どうでも良い情報かもしれないが、真理は泉といると居心地が良いらしく、理想の兄だそうだ。二人の間延びした会話は聞いているとイラつきもするが、当人同士は波長が合っているのだろう。


「今日はよろしくなー、多分ユースでお前らとやるのはこれが最後だぁ」

「ってことは、トップに決まったのか?」


プロになることを一度でも夢見なかったサッカー小僧はいない。セレクションを勝ち上がり、尚且つ競争を続けレギュラーを獲得した上でも、トップチームへと行く人間は限られる。

社会人リーグに行く者。大学などに進学する者。もしくは他のチームへのセレクションを受けに行く者など。そのままサッカーを辞めてしまう人間も少なくない。


「すげーな! 泉!」


小柄な龍が泉に飛び付き、喜びを表現する。


「お先に失礼するよぉ。上で会おうぜぇ」


そんな同世代の『出世』を目の当たりにして、俺もテンションが上がってきた。

もちろん対戦相手として。

プロに選ばれるような選手の実力がどのようなものか、しっかり肌で体感してやる。同時に抑え込んでやろうと対抗心も燃え上がってきた。


「あのー……久しぶりだね……?」


と、またもや後ろから話しかけられる。

すらっとした長身で、肌が透き通るように綺麗な白、きりっとした瞳を持った美人さんが居た。


「……」

「むー」


思い出せずにどうにも黙ってしまった俺の様子を見て、口をとがらせてむくれる。


「千紘ー、俺の妹ー」

「えぇっ!?」


泉の一つ下、俺と龍の同学年の多賀部 ()()

なんだ? 東北に行くと身長が伸びるのか?

泉と同じく、女子の中でもちんちくりんの部類であった結愛。

それが今や龍と同じ……いや、やや結愛の方がわずかに高いくらいに背が伸びていて、整った目鼻立ちからは大人の女性の雰囲気すら醸し出している。


「結愛がこんな風になるなんてなぁ」

「……結愛もすげー背が伸びてる……」


見事に追い抜かれてしまい、半泣きになっている龍はほっといて会話を続ける。


「いやービックリしたわー、ほんとに美人になって」

「えっ? 美人?」


パッと表情が明るくなる。こういった表情は昔からの面影を感じさせた。


「ほんとほんと、男どもがほっとかないんじゃねーの?」

「そ、そんなぁ、全然モテないよ……それに……」

「それに?」

「……やっぱ止めとく……」

「そっか」

「結愛ー、こいつニブイからちゃんと伝えねぇとダメだぞ。サッカー以外に関しては、不器用も良いところだかんな」


確かに、社交性に関しては、優等生を演じるくらいしか、自分の中にバリエーションはない。

しかし、人見知りのこいつに不器用呼ばわりされる筋合いはない。


「龍君に言われるって、相当だね、磐田君」


うっすらと口角をあげながら、龍に乗っかり始める結愛。


「おぉ、千紘のサッカーは不器用なとこあるからなぁ。日常も不器用なんだろうなぁ」

「いや、泉、納得するな!」

「けど、龍君はずっと磐田君と一緒にいるからね。ポイント高いよね」

「何のポイントだよ!」

「千紘ポイントじゃね?」

「千紘ポイント? 龍、何それー?」

「俺も知らねえ」


おい適当に言うんじゃねぇ。


「知らないのかぁ」

「私も知らない」


いや、せめて言い出しっぺのお前だけは知っていろ。

あぁ、思い出した。

こんな感じで、結愛と龍は二人で取り止めのない話を繰り広げていたな。

当然、槍玉にあげられるのは俺で、ツッコミが追いつかないことが多々ある。


「ったく、訳のわからん会話をしやがって、結愛がボケに回ると、俺が過労死するからやめてくれ」

「えー、磐田君が困る顔を見るのが良いんだけど」


しかも、こいつ、Sなんだよな。


「そういうのは、そういうのがご褒美の人にやってあげなさい」

「磐田君以外にやる気はないなぁ」

「……勘弁」

「試合の後、時間ある? 話したいことがあるんだけど?」

「試合の後? 龍ー、この試合の後ってなんだっけ?」

「ミーティングだな。けど、お前は結愛と会ってろよ」

「いや、俺だけ別行動とか無理だろ、よく考えろ馬鹿」

「けっ……馬鹿はどっちだか……」

「まぁまぁ、ミーティングって時間かかりそう? 私は今日はしばらくは暇だから、時間は合わせられるし……」

「どうだろうな。泉があんまり俺らをいじめると長引くだろうけどね」

「しょうがないなぁー、全力で行くよー」


望むところだ、プロへの試金石にさせてもらう。


「んじゃあ、なるべく早めに終わらせるように頑張るわ」

「分かった、ありがとうね。じゃ、また後で!」


言いながら多賀部兄妹は立ち去った。

久しぶりの泉との試合だ、気合を入れて相手しなければ!


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