風太郎、語る2
「ざっくりと言えばそうだね」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、風太郎さんは続ける。
「サッカーの試合、九十分同じ動きをするわけではないよね?」
「ええ、走ったり蹴ったり止まったりしますね」
「そう、単純な動きの反復ではない訳だ。さて、横浜君は水泳をやっていたと言ってたね」
「……うす」
にらみつけるように、警戒しながら答えるちっこいヤンキー。
うさんくさいと思う気持ちは分かるが、少しは隠してほしいものだ。
俺の心証にもかかわるし。
「さて、その水泳で鍛えた筋肉と神経の記憶を使って、脳が九十分間サッカーをしていると言うつもりではないよ。例えば! その九十分の内一分、いや三十秒、『もしかしたら』サッカーと関係が無い動きをしているかもしれない。むしろ、サッカー以外の動きをした方が、体は動かしやすいかもしれない」
「……その、『もしかしたら』が何でフィジカルに関係するんすか」
龍が眉間に皺を寄せて聞くが、風太郎さんは待っていたかのように笑いながら話す。
「あはは、ここから先は話半分で聞いてくれても構わないよ。例えば、チャージを受けた時にラグビーの動きをした方が良いかもしれない。空中で競り合う時、バスケのジャンプの方が良いかもしれない。シュートを打つ時、野球のピッチャーのように踏み込んだ方が良いかもいれない。その『もしかしたら』の対応が出来るなら、相手が態勢を崩そうとしても、色んな対応が出来るようになるよね」
「えぇ、まぁ……」
「まわりくどい話をしたけど、ブラジル人がドリブルが上手いのは、ダンスを日常的にやっているから話は聞いたことないかな?」
「あっ!」
つまらなそうな表情をしていた龍がとたんに目を見開いた。
「ダンスが上手い人が皆ドリブルが上手いかというと分からないけど、個人的にはリズムやステップ、体の軸の使い方と共通点は多いと思うね。こういった具合に、それぞれのスポーツで得意な動きがそれぞれあるから、色んな動きを体が出来るようになると体の使い方が上手くなる。どうかな、納得できそうな理由ではあるでしょ? だから、僕が千紘君に行った事は、神経という本棚に沢山の本を入れてあげただけなんだよね」
「……」
押し黙っている龍を見て、俺は不吉な予感を感じてしまう。
「幸い、千紘君は体も大きいし、サッカーを長いことやってきたから、体はサッカーの経験値というものを十分に積んでいた。リハビリやフィジカルコーチ達のおかげか、筋力も十分だった。なら後はおまけを沢山付けてあげるだけ。サッカーの動きでは対応出来ない、しづらい時にカバーできるように。結果、今日の試合のボディバランスにつながった、ということだね。まぁ、ここまで即効性があるのは正直驚いたけど」
「決めた」
「ん? 何がだ、龍?」
「俺もそれやるわ。で、今度は加地を吹っ飛ばす。で、そのあとぶち抜く」
こいつはいったいなにをいっているんだろう?
「いーねぇ、君みたいな選手はホントに楽しみだからね。これからよろしくね」
あっさりと風太郎さんは了承し、こいつの参加が決まってしまった。
―――その後、風太郎さんは奢るばかりか、車で家まで俺たちを送ってくれたあと、リビングでくつろいでいると一通のメールが届く。
依子さんからだった。
内容は―――
件名 今日はお疲れさま!
本文 試合中はかっこよかったよー。
けど、またケガが怖いから、無理しないでね!
お兄ちゃんも頑張りすぎを心配してたよ。
また今度、一緒にご飯食べようね♪
かっこいい?
一緒にご飯?
やばい、この世の春が来た。
これはもしかしたら、デートに誘っても良いのかもしれない! いや、しかし焦るな、がっつく男はモテないと何かの本で読んだしな、うん!
こうして俺は有頂天のまま、今日の試合の事なんて忘れ、幸せに床に着くことが出来た。




