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恋愛蹴球  作者: ひろほ
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出会い

俺、磐田(いわた)千紘(ちひろ)は中学三年の秋、交通事故で左膝を怪我した。

ジュニアユースでそこそこの成績を残し、順当に来年にはユースへと昇格出来ることになっていた。

もちろんユースの件は白紙。

ちょっと怪我したくらいで、捨てられるような評価しか得ていなかったのだから仕方ない。

3、4か月くらい経ち、松葉杖が取れたころ、久しぶりにボールを蹴った。

絶望した。

リハビリは一日だって休んでいない。

利き足の右は元々の感覚とは違いない。

しかし、問題は左足だ。

重い。強く速く蹴れない。

そして、何よりも……。


「……タッチの感覚が分からない……」


右の感覚が事故前と変わらない分、違いはさらに明確だった。

それからの毎日、近所の運動場でボールを蹴った。自主練以外に自分のクラブチームでも、特別メニューではあるが練習に参加させてもらった。

プロになりたかった。

サッカーが好きだった。

諦めたくなかった。

そして中三の春休み、いつものようにボールを蹴っていると……。


「がんばってるねー」


後ろの方から声をかけられ、振り返ると、長い黒髪の女の人がボールを抱えて立っていた。

年は少し年上くらいだろうか、黒いTシャツに真新しそうなジャージを着ている。


「ねぇ、一対一やんない?」


ニヒッといたずらっぽい笑顔をしながら問いかけてくる。


「えっ、いや、その」

「何? 女とはやりたくない?」

「えっと、自分、リハビリ中なんです」

「リハビリ?」


大きい目を丸くしてこちらに聞き返す。


「はい、事故で。正直、今じゃ左足でまともにボール蹴れないんです」

「そっか、リハビリかぁ。結構、蹴れてるから、ちょっとした自主練かと思った」

「蹴れてるって……ホントっすか?」


これは素直にうれしかった。


「ホントだよ? だから、リハビリがてらやろうよ、一対一! ね?」


ニマッとかわいらしい笑顔を浮かべて、首をかしげる。

正直、自分としては、もうちょっと感覚をつかんでからと思っていたんだが……。


「わかりました、ちょっとあたりが厳しかったらスミマセン」

「おっ、言うねぇ。望むところよ! いっくよー!」


バッグを近くにあったベンチに放り投げ、いきなりドリブルを仕掛けてきた。

俺は自分がおさめていたボールを横に蹴りだし、相手に集中する。

軽やかなボールタッチから、すぐにこの人の技術が相当なものだと分かる。と同時に、まだ抜きに来ていないことも理解した。

距離が一メートルほどの距離になったとたん、自分から見て右に真横へ切り返した。

バカ正直に真横へドリブルしたくらいで抜くような選手ではないだろうし、ここはピッタリ付くより、急な切り返しに備えるべく、斜め後ろにステップして正面に捉え、距離を空けた。

ドリブルで相手を抜く場合、必ずボールは前に持ってくる瞬間がある。でなければゴールにいつまでも近づけない。いかに名ドリブラーでもゴールと真横に向いていては脅威ではない。

予想通り、真横へのドリブルを止め、ボールを前に持ってこようとする。

普通であれば、右左と切り返して、スピードに乗ってそのまま抜き去るはず。

それなら、左へ切り返した瞬間に狙いを定め、ボールをかっさらってやる。

が、しかし、予想とは違い、また右へ切り込んできた。今度はやや前に蹴り出し、抜きにかかってきている。

しまった! と思った時には、自分の横に来ていた。自分とボールの間に、相手がいるため、脚は出せない。そして、俺の左足はうまく言う事を聞いてくれない。

ストップ&ゴー。

一度ボールを止め、すぐさま前に出すフェイントの一種だ。

それの応用で、さっきボールを前に出した瞬間にボールを止め、一度、俺の動きを停止させる。

あっちはまだ右への勢いが残っている状態、こちらは全くの0からのスタート。

横の動きでのストップ&ゴーというわけだ。

こうまで引っ掛かってしまうと、いかに男女差があろうと、流石に分が悪い。


「くっそ!」


こうなったら賭けに出る。

タックル気味に足を伸ばしてボールを奪うそぶりを見せる。奪うつもりなんて全くない、相手にボールを守ろうという意識を強く植え付けることが狙いだ。

相手が左脚にあるボールへ目線を逸らした瞬間、相手の背中へ回る。

左後ろからボールをチョンと転がし、何とかカットする。

いわばディフェンス式ストップ&ゴー。

回り込んで死角からボールを失わせる技術ではあるが、下手したら相手に独走を許す、大博打だが上手くいって安心した。それに後ろからカットするため、えらくファールを貰いやすい。


「ふぅー、やるなー。まさか逆から来るとは思わなかったよ」

「はぁ……こっちは相当ヤバかったですけど」


こんな博打みたいなプレーをしなければならないほど、追い詰められていた。


「最近よく見るよね、君。名前は? 私は川崎依子。高三」

「あっ、俺、いや、自分は磐田千紘です。この春から高一です」

「固いねー。先輩だからって、かしこまらずに依子でいいからね?千紘君」


からかうように笑顔で握手を求める依子さん。


「はい、依子さんっすね」


握手を握り返すと、難しい顔で依子さんは尋ねる。


「……まぁ、それでいっか。にしてもホントにリハビリ中?」

「3カ月くらい前まで松葉杖でしたよ」

「えー、ドリブルには自信あったのになー……」


今度はシュンと体全体で落ち込む。この人は自分の感情を隠せない人なんだろう。


「ねぇ、千紘君、暇あったら、これから毎日相手してくれない?」

「え、はい、もちろん。春休みですし」

「よし、決まり! 連絡先教えるから、時間はあとで決めよう」


これが俺と依子さんの出会いである。

ちなみにいうと、依子さんを止められたのは、この一回のみだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ひろほ 様 興味ある内容の作品ですね! またゆっくり読ませて頂きます♪
2020/09/10 10:53 退会済み
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