終戦
「いやー、凄い試合だったねぇ」
ファミレスで100パーセントオレンジジュースを片手に風太郎さんが上機嫌に話す。
「はぁ、そうですねぇ」
俺が気のない返事をしているのは大きく分けて二つ。
先ほどの試合、勝ち越した我がチームは、守備が『出来ない・やれない・やりたがらない』龍を下げ、守備的な選手を投入し逃げ切りを計った。
しかし、また不用意なタックルでフリーキックを献上し、再び加地の攻撃参加を許した。
後半の終了間際だというのに、キレのある飛び出しと抜群のジャンプ力で空中戦を制し、威力十分のヘディングでゴールを上げてしまった。
さらに、そのまま加地は前線にとどまり、放り込まれたボールに反応し続けた。
こうまでホイッスルが鳴るまでが待ち遠しく感じるのは久しぶりの事で、これもプレーヤーに戻れた事ならでは。
結果は引き分けで終わったものの、正直、負けなかったことへの安堵感の方が強かった。
こうして俺の再デビュー戦は、何とも歯切れの悪い結果と、加地という代表クラスのプレーヤーとの差を味わう事で終わったのである。
そして、二つ目――――――俺の隣で依子さんと龍が盛り上がっていることだ!
「あのカウンターの時さー、左右のゆさぶりで抜いっていったじゃない? あれって相手の何処を見てたの?」
「……ボール」
「へー、自分のボール見てたんだー? じゃあ読みとか視線のフェイントとかじゃなかったんだー。そしたらさ、何で右に行って抜こうと思ったの?」
「……勘」
いや、龍は盛り上がってはいないんだが、依子さんが同じドリブラーとして、興味を龍に持ってしまっている。というか、折角、依子さんのような天使に話しかけられているんだから、もうちょっと盛り上げろよバカ野郎。いや、やっぱり盛り上がらなくて良い。お前なんて嫌われてしまえ。
「千紘君、聞いてる?」
「ああぁ、すいません! ちょっと考え事を……」
「プレーしている時に、怪我の影響とかは出ていなかったかな?」
「いえ、それどころか、中学の時よりもフィジカルが強くなったような……」
「あぁ、それ、俺も気になった。お前、体強くなったよな、急に」
依子さんの話に飽きたのか、俺の話に加わる龍。
「やっぱり、トレーニングの成果なんでしょうか?」
「そうだね、無くはないよ。それよりも、体が色んな動きを覚えていたってのが重要かな」
「あぁ、バスケとかですか?」
「千紘、お前バスケなんかしてんのか? どこが面白いんだ、あんなスポーツ」
身長コンプレックスのある龍が、バスケと言うワードに噛み付く。
「ええと、横浜君だったかな? 競技としてやっているのではなくて、あくまでもトレーニングの一環としてやったんだよ」
「……そっすか」
ちなみに言うと、龍は人見知りである。
「良かったら、今度一緒にやってみる? 君みたいな才能にあふれた選手は、こちらとしてもぜひ教えていきたいよ」
「良いんすか? 風太郎さん、プロのトレーナーで自分もタダで教えているのにこいつまで……しかも性格悪いっすよ?」
「うるせー、試合中のお前よりは悪くないっての」
「それは認めるが、プライベートでも性格の悪いお前よりマシだ」
「えー、千紘君、性格悪いのー? 意外!」
「いや、試合中はこう、興奮してしまう部分もやはりありまして。ひとえに、そのー、性格が悪いというわけではなくー……」
しまった、依子さんの前でなんてことを言わせやがるこの野郎。つい売り言葉に買い言葉で失言を。
「まぁ、プレーヤーとしては、そっちの方が良いとは個人的には思うけどね」
「俺も性悪モードのお前の方が、シンプルでやりやすい」
「マリーシアってやつだねー、うん」
あれ、いつの間にか性格悪い事に肯定的になってきている! いやまぁ、自分で言ったっちゃ言った事だけど。
くそ、やっぱ依子さんと風太郎さんに、龍を会わせるべきではなかった。
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