Re:デビュー7
この試合、おそらく最後の大博打。
ハマれば逆転、ダメなら敗北。
緊張か興奮か、心拍数が高鳴るのを感じていた。
にしても龍も歯がゆいだろうな、ピンチを見ているだけなんて。
サッカーを始めたころは、俺と龍の二人だけで攻めて守ってなんてことをやっていたものだと思い出す。
そして、運命のボールがセットされ、こちらは壁に三人を配置。
加地は中央に位置し、うちのCBがマークする。
俺はその隣で相手のFWを抑える。しかし、やはり加地からは目を離せない。
キッカーが十分な助走から、ボールに回転をかけんがために思いっきり体を傾け、蹴りだす。
鋭い横回転を伴ったボールは山なりに壁を超え、ペナルティエリアの中に入る。
ふとボールから視線を離し、加地を視界にとらえると、すでにCBを置いてきぼりにし、フリーになっていた。
やっぱりコイツは厄介だった。
ただのデカイだけの選手なら龍が何度も抜き去っているはず。
反射神経、読みに長け、スピードはそんじょそこいらのFWよりも早い。
この勘の良さとフィジカルの両面を持つ選手に、この場で風太郎さんが居たのなら素晴らしい素材に垂涎のことだろう。
だがしかし、相手のプレーの特徴というか癖のようなものか、攻める時のアイディアやバリエーションは意外性に欠ける。
スピードが速いプレイヤーに関してはそれを活かすようにパス。
フィジカルが強い選手は前線で体を張るようにする。
シンプルで分かりやすく、これ以上に効率的な仕事はない。
そこが柏ユースの強みだとは思うが、「多分こう来るだろう」と予測が立つようなプレーならば、いかようにも対策は練れる。
柏の弱点は皮肉にも加地である。
『どうせ加地を狙ってくるのだろう』と決めてかかってしまえば、いかに身体能力で不利であろうと邪魔ぐらいは出来る。
幸いうちのゴールキーパーは将来の日本を背負って立つであろうという守護神だ。
ならばシュートコースを消し、尚且つ加地の自由を奪えれば十分に勝機はある。
俺のマークの相手はそっちのけで加地に迫り同時に跳ぶ。
俺の目的はコイツと競り合うことではなく邪魔すること。上から下へお手本のような叩きつけるヘディングを放とうとする加地に高さで張り合うのではなく、その狙うであろうコースに入る。ついでにうちのCBも何とか体を当てている。
さらに小技として加地の目の前に自分の手をかざし視界を奪う。
ハンドになってしまうリスクもあるが、簡単に打たせてしまえば、一点なのは変わらない。
その甲斐があってか、運よく脚にボールが当たり、何とかシュートを防ぐ事が出来た。
スルーされたらどうしようかと思っていたが。
「こうまでアイツの予想通りとか、面白くないな」
ボールは俺の前方に浮く。
滞空時間の長い加地よりも先に着地。
同時に走り出し、ようやく地に降りた加地を真横から大きく踏み込み、体を弓なりに反らした。
龍は俺のミドルシュートをキャノン砲―――攻城砲と言った。
城を攻めるのなら兵隊が少ない時に限る。
一気に攻め落としてしまえ!
これがこの試合における龍の発案である。
加地が前線に進出した場合、DFは手薄になる。
少なくとも龍が個人で抜けない相手は居なくなるというわけだ。
大きく、龍に対して長いパスを出す。
先ほどのミドルシュートと同じように。
鋭い角度で蹴りだされたボールはグングンと伸び、フィールドの真ん中、ハーフウェイラインを越えた手前に着弾する。
汚い回転と空気抵抗の影響か不規則なバウンドをし、相手のDFを一瞬だが足を止めさせた。
「あー、それは駄目だろ。龍相手に足を止めたら」
その龍はというと、鷹や隼などの猛禽類が空中で獲物をとらえる時のように、跳躍しながらボールを足でトラップ。
着地するやいなや、今度はチーターのように駆けていく。
出遅れたDFが必死に進路をふさぎにかかるが、龍の得意なシチュエーションになっている。
横浜龍のドリブルは、俺のようなスピードと一瞬の緩急や味方を利用したフェイントとは違う。
細かいステップでボールをコントロールしながらも、一回のタッチの時間が長い。まさに足に吸いついているかのような印象を受ける。
スピードも、その細かいステップの恩恵なのかワンタッチごとに緩急をつけている。
そして、ボールは紐がついたように進み、龍の体も決して止まっていることはない。
その動きの読みようのないドリブルで棒立ちになったDFをかわし、フィールドに幾度もスラロームのような軌跡を描いてきた。
一人目を左右のシンプルな動きで抜く。
二人目をスピードの緩急で抜く。
三人目を軸に回転するフェイント、マルセイユルーレットで抜く!
事もなげに三人のDFを置き去りにし、残るはキーパーのみ。
左右にボールをいじり、その動きに釣られてキーパーの足が広がる。
その隙を見逃さずに、モーションの少ないキックで股抜きゴールを決めてしまった。
得点を告げるホイッスルを聞きながら思い返す。
今も目に残る、あいつが描いたドリブルの残像がまるで龍のようにうねっていた。
「―――龍の道」
おとぎ話の龍が地を這えば、こんな跡を残すのだろうと自然と呟く。
にしても、一人でよく決めやがったなあの野郎。ちっとは褒めてやらんでもない。……いや、調子づくからやめておこう。うん。




