はじまり
その人は長い黒髪を揺らしながら、自分の横を抜いていった。
あわてて追いかけようと振り返ると、ボールを足元に止めて、やわらかに微笑んでいる。
「どう?」
今度は、大きな瞳をまん丸にして、いたずらっぽい顔を浮かべた。
「依子さん……好きです」
「はっ?」
いやいやいやいや、自分でもよくわからないけど、いきなり告白してしまった。
「いや、あの凄かったッス。マジで」
「あ、そ、そう?」
はにかみながら依子さん――川崎依子さんは、大きな瞳を俺から逸らした。やばい、カワイイ。
「あー……えー少しはリハビリになったかな?」
まだ赤い顔をこちらに向けて、首をかしげる。
「うす、練習します。あの……」
「ん? 何?」
「……俺と、付き合って欲しいです」
「……」
あー、これは失敗した。告白なんて、生まれて初めてだったけど、これは間違いなく失敗した。
「え、えええ、えと、そっ、その……にっ、にに日本代表! 日本代表になったらねっ!」
「は、はい! が、がんばります!」
この時から、一人のサッカー小僧は漠然とした夢ではなく、はっきりとした目標として日本代表を目指すことになる。
「えっ、ええと。う、うん。その……あんまり待たせないでね、おばあちゃんになっちゃうよ?」
「そんな! おばあちゃんになっても、きっとカワイイですよ」
「ちょ、え、カ、カワイイ?」
「あ……あのっ、はい。とても……」
「あの……、ありがとう……」
「……」
「……」
少しだけ時間は遡る。