98
風が吹き抜ける。
僕の頬を撫ぜ、木々の葉を揺らす。
何故こいつがここに居る?
先程…百合子さんが僕に止めを刺そうとするその瞬間まで居なかった。
これは断言できる。
思わず警戒心を隠せず、殺気が洩れる。
一瞬、奴の背後で倒れこみ動かぬ百合子さんへ視線を向ける。
微かな胸の上下。
呼吸をしていることを確認し、僅かに安堵。
すぐにマキシへ視線を戻す。
マキシは変わらずにヘラヘラと笑って立っているだけだ。
「安心せーや。殺しちゃおらん。ただ頭を軽く小突いただけや。」
両手を上げながら3mほど離れた木の傍まで歩き出すマキシ。
敵意はないと言わんばかりの態度に益々腹が立つ。
マキシに警戒しつつ、百合子さんに近づいていく。
百合子さんの暴走とも呼べる行動。
その果ての僕の諦めにも似た感情。
それらを整理しながら歩み寄る。
あのままいけば僕は………僕は…?
一瞬自分の浅ましい考えに反吐が出そうになる。
僕は百合子さんの手によって殺されて楽になれたのに…という考え。
百合子さんになんて醜く汚い最低な事をさせようとしていたのだろうか。
その考えに至った僕は血の気が引き、思わず歩みが止まる。
僕の考えを察したのかマキシがニヤリといやらしい笑みを浮かべた。
「ようやく気付いたんか。自分が如何に最低最悪な選択をしていたことを。」
木に寄りかかり、いつの間にか腕組みをしているマキシ。
木々にさざめきがやけに耳障りだった。
「百合子はんがあんさんを殺した後のことを考えておらんかったんやろ?愛する妻と子を失い、逃亡の果てに得た安息の地。その安息の地の主の死。主の愛し子を自らの手で殺す罪。その罪の痛みがもたらす狂気(凶器)。そんな事すら考え至らんあんさんはまだまだ未熟もん以前の話や。」
だから、と更に言葉を続ける。
薄っぺらい笑みを消し、ただただ冷たい。
虫けら以下のナニかを見るような表情に変化した。
「さっさと強うなれや、ボケナスカス。」
言いたい放題した後に一瞬で姿が消えた。
僕が何かを言い返す余地もなく、一瞬で。
「何なんだよ…。」
何とも言えない感情が渦巻く。
ゆっくりと百合子さんに近づき膝まづく。
ゆっくりと手を伸ばし、その身に触れる。
優しい温かみに触れ、感情が爆発した。
「…だったら教えてくれよ!どうすれば良いんだよ!勝手に異世界だなんて転生させられて、奪われて…っ…僕はどうすれば良いんだよ!!!」
僕の慟哭が森に響く。
前の世界は幸せだったかと問われれば否と答えよう。
ならば、不幸せだったのかと問われればそれも否と答えよう。
誰にだって不平不満はある。
それを胸の内に抱え生きている。
そうして平凡な一生を終えていく。
なのに、僕は強制的にこの世界に連れてこられた。
ライトノベルでは神様からチート能力を貰って悠々自適な転生人生を送る主人公がいて羨ましいと前世の同僚が言っていた。
僕は神様ではなく案内役と名乗る少年に無理やり、まだ|僕自身(太郎)の体が生命活動をしていると言っていたのにも関わらず連れてこられた。
チート能力なんて勿論貰えなかった。
文字通り血反吐を吐きながら生きる知恵をつけ、力を身につけた。
ギルさんからのスパルタ特訓とルゥナさんとの静かで穏やかな日々。
悠々自適とは言えないが、楽しい生活。
そんなささやかな生活すらも奪われた。
「教えてくれよぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
怒りをぶつける為に空に向かって叫ぶ。
この世界を創り、見守っているであろう神様というモノに向けて。
ーーーーーーーーーー
「あかん。つい感情的になってしもうたわぁ。」
ポリポリと頭を掻く怪しい男が一人。
下に広がるは雲。
雲に胡坐をかいて座っている男の名前はマキシ・ダヒデ。
「大事な人を自分の手で殺す痛みってのを、殺される側は分かっていないんや…。
自分勝手すぎるんや…太郎君もあいつも…。」
自分の掌をジッと見つめるマキシ。
自分がマキシという存在として生を受け、初めて己の手で殺したかつての存在を思い出す。
最早顔も名前も声すらも思い出せない。
否、思い出せないようにされてしまった存在。
朧げで、思い出せそうで思い出せないまるで夢のような…そんなあやふやなモノを大事に包み込むかのように掌を握りしめる。
「なぁ…あんたはどうしてこんな物語を描いてしまったんだ?」
痛みに耐えるように目を瞑る。
暫しの間瞑目していると、耳に届くアルバの叫び。
ふと自嘲的な笑みをマキシが浮かべる。
遠い目で太陽を見上げ
「神様はすぐ傍におるとも言えるし、おらんとも言える。わしかて教えて欲しいわ…なんでこんな事になったのかを。」
誰かに問うわけでもない小さな独り言。
痛みに満ちた独り言。
「あぁ…いたいなぁ…。」
感想やレビューを頂けると嬉しいです~。
更新速度も上がるかもしれません( *´艸`)