5
拾われてから数ヶ月が経った…気がする。
赤子だから気づいたら夜だったり朝だったりと正確な日数は全く分からないが。
その間に記憶と現状の整理をしたが、まだ心の整理が追い付いていない。
とりあえず今分かっていることは
・謎の少年によって強制的に異世界に転生させられ赤ん坊の状態である
・転生早々僕は籠に乗って川を流れていた(何が自然のヒーリングミュージックだよ!
・今僕を育ててくれてる美女はルゥナという名前で≪神獣≫と崇められてる存在であり、今住んでいるこの森の主である
・少年が言っていたように剣と魔法の世界らしいということ
とりあえずこの四点が現状分かっていることである。
最初はあんなに美しい人にお尻を綺麗にしてもらうとか本当にもう何かの拷問かと思った。
下の処理は慣れるまで色々と削られたよ。主に精神的なものを。
処理の際に魔法で生み出された温かいお湯で体を洗われた時は思わずルゥナさんをガン見しちゃった。
「熱かったかな?」と言って冷水にされた時は心臓が止まるかと思った。
そして何よりも驚いたのが授乳の仕方だね。
普通の授乳って女性の乳房からだと誰でも思い浮かべると思う。
母乳が出ないのなら布に牛や山羊の乳を含ませて吸わせるという方法もある。
こんな深い森の奥に哺乳瓶なんてないしね。
だけどこの人は違った。
指先からトロっとほんのり甘い液体を出してそれを僕に飲ませるんだ。
それを飲むとお腹は満たされ、へその下が熱くなった後に全身に何かが巡っていく不思議な感覚がする。
最初は指先から出される謎の液体を飲まされて怖くて泣いたり暴れたりしたけど、空腹は満たされるし問題なく生きてるから謎の液体については深く考えないようにした。
「ルゥナ様、その人の子は我等一族が引き受けましょう」
今日も奴はやってきた。
柔らかな草の上でのんびり転がっていたのに、奴の声を聞くと一気にテンションがダウンする。
ツンと尖った耳は空を向き、キリっとした眉とやや釣り目気味の目は意志の強さを感じる。
輝く金色の髪と翆緑の瞳は太陽の光と調和する。
細身のその体は無駄な肉は削ぎ落とされしなやかな筋肉を持ち森で生きるのに適しているのが分かる。
十人が十人振り返るその美貌。
森の中で生きるとされている”エルフ”と呼ばれる長寿の種族。
その種族の中でこの森で暮らすエルフは”ルナエルフ”と自らを名乗る。
「ギル、この子は私が育てると何度言えば分かってもらえるのかな?」
土から盛り上がった木の根を椅子の代わりに腰掛けながらのんびりとした口調で答えるルゥナさん。頬に手を当て首を傾げた仕草が色っぽい。
ギルと呼ばれたエルフは跪いたまま眉間に皺を寄せ厳しい表情を浮かべ堅苦しい口調で話し始める。
「貴方様は世界の調和を司る神獣様。貴方様を守るのが我等一族の掟であり存在意義でもあります。人の子は育てるのに手が掛かります故我等に任せ、御身を第一とお考え下さいませ。」
人の子と言った時僕をチラッと見た瞳には怒りや憎しみが混ざったような激情の色が籠っていた。
「人は欲にまみれた穢れた種族でございます。今は赤子でございますが、成長するにつれて欲も出ましょう。ですから、今の内に我等にお任せ下さいませ。欲を持たぬようきっちり教育しますので」
ルゥナさんが僕を拾った翌日、ルナエルフの代表のような形でギルさんがやってきた。
僕が川に流されていることもルナエルフ一族は知っていたようだが、それは自然の摂理とみなし黙認もとい見て見ぬふりをされていたのだ。
それを神獣であり森の主であるルゥナさんが拾ったからさぁ大変。
自分達が見て見ぬふりをした赤子を森の主が手ずから育てようとしている。
流石にそのことは見て見ぬふりをすることは出来ないのでルナエルフ一族で育てさせてほしいと言い出したのだ。
ギルさんの様子を見る限りその手に渡った瞬間に殺されそうですごく怖い。
サクッとお手軽に殺されてしまいそうだ。
万が一殺されなくても廃人教育されて一生監禁生活だろう。
そんなことを考えてたら一瞬で緩む涙腺。
「うぅ…」
静かに存在を消していたかったのにぐずり始めてしまった。
赤ん坊ってこんな簡単に泣いちゃうんだね。未だに慣れないや。
「ほら、ギルが怖い顔をしてるから泣いちゃったじゃないか」
ふふっと笑いながらルゥナさんが立ち上がり僕を抱き上げてくれた。
温度のないその体は不思議と安心感を与えてくれる。
優しく背を撫でてくれるその手つきは遠い記憶の母を思い出す。