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「あ…あぁ…っ…」
切れ長な目には血のような赤い瞳がはまっており、その瞳の奥は暗い感情が見え隠れしている。
肉の薄いスッと通った鼻筋に薄い唇。それらがバランス良くシャープな輪郭に収まっている。
伸びきった銀髪は緩く結えばルゥナさんに似るだろう。
そしてこの目つきの悪さ…ギルさんに似ている。
会いたい人達が鏡に映る自分に重なった。
思わず鏡に手を伸ばすが返ってくるのは冷たく硬い硝子の感触だけ。
「っ…うあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
部屋に響く僕の慟哭。
頭を抱えその場に蹲る。
会いたい。あいたい。アイタイ。アァ…イタイ。いたい。痛い。痛くてたまらない。
痛みが治まらない胸元を力任せに掻き毟る。
砕けた心の破片が胸に突き刺さって傷を増やすんだ。
ぐぢゅぐぢゅの傷口から見えない血が溢れ出て苦しくて痛い。
≪馬鹿ねぇ…アンタにはアタシがいるでしょ?≫
いつの間にか百合子さんが僕の背に寄り添い温もりを与えてくれた。
その温かさが傷口に薄い蓋をしてくれる。
腕から力が抜け呆けたように床を見つめた。
≪壊れるのはまだ早いわよ≫
背中合わせに座る僕達は互いの温もりを感じ合う。
百合子さんの言う通りだな。
まだ壊れる訳にはいかないんだ。
僕は気合を入れる為に自分の両頬を叩き立ち上がる。
「百合子さんありがとう。僕はまだ進めるよ」
精一杯の笑顔を見せると百合子さんは優しい瞳で見返してくれた。
振り返ってもう一度鏡を見る。
これが今の僕なんだ。
しっかりと受け入れ受け止めなければならない。
2人に似ているのは嬉しく感じるが、これは戒めでもあり呪いでもある。
無力で何もできなかった僕自身への戒めの呪い。
自嘲する僕が僕を見ていた。
百合子さんが尻尾で背中を優しく撫でてくれる。
「ねぇ、僕ってカッコいい?」
冗談めかして聞いてみると鼻で笑われた。
≪ナイスミドルがアタシのタイプなの。アンタは場外論外ね≫
見事にあしらわれてしまったが僕は自然と笑顔がこぼれた。
百合子さんのおかげでまだ僕は笑える。
砕けてしまった僕の心だけど百合子さんという存在が大きく包み込んでくれる。
「それは残念。それじゃ、街に繰り出そうか。折角だから色々食べてみようよ」
そう言うと百合子さんの尻尾はゆらりと揺れる。
僕はローブとベルト、それから短剣は邪魔なので部屋に置いていくことにし、硬貨が入っている小袋だけを持つ。
乱れた髪を手櫛で適当に整える。
街に行ったら雑貨屋とかで結い紐を買うことにしよう。
長くて邪魔だけど、ルゥナさんがくれたこの銀髪を切ってしまうのは僕には出来ない。
そっと目を閉じ腹部に手を当て魔力の源に意識を集中させる。
僕の体に巡るルゥナさんの魔力に「いってきます」と心の中で呟く。
返事なんてもちろんない。
目を開けると百合子さんと目が合う。
≪準備は出来たかしら?アタシもうお腹ペコペコよ≫
そう言ってドアの前に立って早く行こうと催促する百合子さん。
僕は頷き、2人で仲良く街に繰り出すのであった。