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「よくぞここまで来た!人の子アルバよ!!」
老人とは思えない肺活量と声量。ビリビリと震える鼓膜が痛い。
現在僕は村の門の前で長老様直々に出迎えられている。
その背後には僕を見に来たのか何十人ものルナエルフの方々が立っている。
中には門の上や見張り台にまで座ってる始末だ。
ほんの5m前に立つ長老は杖をまるで剣のように構えその立ち振る舞いは現役の戦士の威圧を感じる。
フサフサの眉毛で隠れてしまっているがその毛の向こうにある眼光は鋭く光っていることだろう。
「手始めに儂と手合わせをしてもらおう!もし儂に勝てたらルナエルフが誇る精鋭部隊と手合わせが待っておるぞ!!それに勝てて初めてこの門を通ることを許される!!」
勝手に手合わせの予定を入れないでほしい。
げんなりした気持ちになり心の中でため息をつく。
「アルバ、これを使え」
何かがこちらに放られ思わず受け取る。
僕を見捨てさっさとルゥナさんと門をくぐっていったギルさんがいつの間にか戻ってきていたらしい。
刃を潰してある練習用の短剣だ。
握り具合を確かめ突く・払うの動作を軽く行う。
問題なさそうだ。
僕の準備を待っているのか長老はじっとこちらを見ているだけであった。
「準備できました。よろしくお願いします」
そう言うや否や長老が鋭い踏み込みで突きを繰り出してきた。
初っ端から顔面狙いか!コワッ!
短剣を杖の左側面に沿えるように当て突きの角度を大きく右へずらす。
それでバランスを崩してくれれば楽だったがそうなるはずもなく。
長老は勢いそのまま右足で蹴りを放つ。
そのまま僕も右足を上げ防御しようとした瞬間背筋に悪寒が走った。
受けたらまずい!咄嗟に後ろに大きく跳び背を低くし着地する。
頭上を見えない刃が通過していった。
「ほう!かまいたちの蹴りを直感で避けるとはやるのう!!」
蹴りと刹那のタイミングでずらした風魔法。
分かりづらい上にやりずらい。
風魔法に気を取られ過ぎると好機を逃す。
かといってそれを無視するのも痛恨の一撃をもらうわけで。
となると…
「そちらが魔法を使ったのであればこちらも使っていいということでよろしいでしょうか?」
「当たり前じゃろう!好きに使え!」
「では遠慮なく」
水魔法と火魔法の複合魔法ミストで鳥の形をした霧を作り出す。
更に霧を風魔法で冷やしつつ急速に気流の波を起こしてやる。
一瞬で作り上げた霧の鳥は産声を上げるように激しく放電した。
放電は舞い散る羽のように周囲に飛び散っては消える。
「なんと…雷の鳥とな」
長老は構えることすら忘れ僕の魔法に魅入っている。
雷というにはまだ威力が足りないが体を痺れさせ動きを封じるにはもってこいの魔法だ。
そっちが小細工を使うのならこっちは度肝を抜く大技で叩き潰す。
「手合わせは続行しますか?」
いつでも動けるように腰を低くし短剣を前に構えた状態で問う。
「…いや終いじゃ。長く生きていた儂が見たことのない魔法に出会った。これは今すぐ研究せねばならん!」
そう言ってさっさと長老は村に戻っていってしまう。
残された僕はそのままにするわけにもいかないので、雷鳥を空高くに放ち力を解放させる。
青空に強い光りを放って散った雷鳥は花火のようだった。
門周辺の人々は一様に空を見上げほんのわずかの花火を見つめている。
「疲れたー」
情けない声を出して僕はその場に座り込む。
長老の威圧は凄まじくただ対峙してるだけでガンガン気力を削られた。
ギルさんの威圧は鋭い剣が喉元に突き付けられているような感じで、長老の威圧は大きな山がどんどん迫ってくるような威圧。
威圧の質が違いすぎてまだまだ経験不足な僕は呑まれないように必死だったのである。
「すげぇぇぇ!!」「なんださっきの魔法!」「まだ子供だと思ってたけど意外とやるわね!」
「もう手合わせ終わりにして宴しよーぜ!!」「酒飲むぞ!」「豚猪の丸焼き食いてぇ!」
急に上がる歓声に驚き顔を門に向けると、さっきまで空を見上げていた人達が僕の健闘を讃えてくれていた。
というかなんかもうお祝いムードになってる。
あれれ?
主役の僕のことはあっという間に忘れ去られ、皆さん村の中に撤収していく。
「何ぼさっとしている。ルゥナ様は既に広場でお待ちだぞ」
「ギルさん大好きです」
「は?」
「え?」
三歩ほど後ずさるギルさん。
いや違うから!
「皆さん僕の存在を忘れてさっさといなくなっちゃったので凹んでたんですよ。
そんな時ギルさんだけは僕のことを忘れずに声をかけてくれたんで嬉しさが暴発したんです」
哀れなものを見る目でこっちを見ないでくださいギルさん。
いつもの刺すような冷たい目より心が痛みます。
「まぁなんだ…。今日は美味い物を食べ酒をたらふく飲んで楽しめ」
差し伸べられた手は相変わらず大きくて頼もしく感じる。
僕ももっと頑張ればギルさんみたいになれるかな?
そんな事を考えながらその手を取り立ち上がるのだった。