12
「待てー!」
木の枝に掴まりしなった枝の反動を利用し素早く移動する。
時には木の幹を蹴り方向を変え、逃げる背を追う。
素早い動きで僕から逃げているのは黒豹の魔獣百合子さん。
そう、前世でお世話になっていた黒猫百合子さんの名前だ。
この黒豹はその百合子さんにそっくりだから勝手に名付けた。
黒い体はしなやかな筋肉を稼働させ、緩急つけた動きで僕を翻弄する。
悔しいけれど未だ追いかけっこで捕まえられたことはない。
チラッとこちらを見たかと思うと鼻で笑われた。
「くっそぉぉぉ!!」
がむしゃらに手足を動かし必死に捕まえようと追いかける。
あの暴発事件から5年経ち僕は8歳になった。
最初は魔獣達をモフモフしていただけだったが、その内魔獣達は代わる代わる僕を森に連れ出すようになった。森で体を動かし遊ぶことを教えてくれ、その延長として狩りの仕方や食べれる木の実や草の見分け方を教えてくれた。
言葉は通じなくても目を見ていれば何を言いたいのかが何となく分かった。
以前と違いギルさんが付きっきりでいることはなくなり、たまに食料や衣類などを持ってきて少し話をするだけとなったのが少しだけ寂しい。
ルゥナさんは相変わらずのんびりと日向ぼっこしたり、ふらりと散歩へ出かけたりとマイペースに生活している。
僕が転んだりして怪我をして帰ると光の治療魔法で治してくれて「楽しかったかい?」と頭を撫でその日一日をどう過ごしていたか聞いてくれる。
ちなみに料理はギルさんが作り置きしてくれたり、ルゥナさんが作ってくれたりしている。そろそろ僕も料理を覚えなきゃな。
そうそう。相変わらずあの謎の液体は飲まされ続けているせいか僕の髪はすっかり色が落ちて気づけばルゥナさんとお揃いの銀髪になっていた。
ギルさんが僕の髪を見て羨ましそうにしていたのが印象的だった。
そんなことを考えつつも体はしっかり百合子さんを追いかけている。
縮まるどころか離されていく距離。
これはもう奥の手を使うしかない。
わざと木を蹴るのを失敗して大げさに地面に落ちる。
「いててて…」
お尻を強かに打ち付けてジンジン痛むがここは我慢。
ゆっくり立ち上がるといつの間にか百合子さんが目の前に立っており心配そうに僕の手に頭を擦り付けてきた。
「グルゥゥゥ」
艶やかな毛を掌いっぱいに堪能しつつ額から背中にかけて撫でてやる。
「はい、タッチしたから僕の勝ちだね」
「グルァ!?」
目を見開き僕を見る百合子さん。
途端に牙を剝き低い唸り声をあげ尻尾をビタンビタンと地面に叩き付けて全身で不満を露わにする。
その仕草が可愛くて両手で顔を揉みくちゃにする。
「冗談だよ。そろそろ戻らないと夕食に遅れちゃうから帰ろう」
そう言うと百合子さんの尻尾はまだ不満気だが神樹の方へ歩き出す。
今日のご飯は何かなと思いながら軽い足取りでその後を追った。