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言葉にならない呻き声のような何かが口から漏れ出る。

繊細に丁寧に、ぎこちない手つきで肉塊を集める。

温かったそれら(肉塊)から、魂が消えていくように温もりも冷えていくのを感じながら。


大事な大事な僕の相棒。

一欠けらも取りこぼさないようにと集めていると、無粋な横やりが飛んでくる。

緩慢な動きで顔を上げる。

視界には火魔法ファイヤーボール


「…やめてくれ」


水魔法で打ち消し、発生した蒸気を風魔法で空に受け流す。


弓矢が。石が。水魔法が。氷魔法が。炎魔法が。岩が。

ありとあらゆるモノが僕と百合子さんに降り注ぐ。

その全てを打ち消し、打ち砕き、かき消した。


「…やめてくれよ」


血生臭くなった百合子(肉塊)さんを胸に抱き抱え、僕は呟く。

その言葉は当たり前のように降り注ぐ攻撃に押しつぶされ、霧散する。


「ほっといてくれないか?」


震える声で、嘆願する。

何に?誰に?


神に?





【だーめー】




絶え間なく降り注いでいた轟音が一瞬絶えた、その僅かな静寂の間に微かに声が聞こえた気がした。

無邪気で、無慈悲で、無情で、無感情で、あらゆるものを無に塗り替える声。

男だとか女だとかそんなものではない。

生者が聞いてはいけない(モノ)だ。

全ての怒りが霧散し、鳥肌が全身に回る。


刹那の放心。


額の右側に痛みが走り、ハッとする。

どこからか飛んできた瓦礫の破片が当たったようだ。

僅かに戻った正気。

胸にかき抱いた百合子さんに微笑みかける。


「本当の家族に会いに来たんだよね。手伝うよ」


温もりをくれる存在はもういない。

僕だけが冷たい世界は不平等だと思うんだ。

だから。





「凍り付け」

 




瞬く間に僕達を中心に音を立てて冷えていく。

急激な温度差に耐えれなかった物質は自重を支えられず砕けていく。

吐き出す息が白く冷たい。

攻撃も止み、周囲は静寂に包まれた。

上着を脱ぎ、百合子さんを一欠けらも残さないように大事に包み込む。


「行こうか、百合子さん」


城壁から攻撃をしてきていた人間(ゴミ)は凍り付き、動かない。

なけなしの知識を総動員して、僕は百合子さんをエスコートする。

あぁ、いつもなら「下手くそ」と言って、僕の頭を長くしなやかな尻尾で叩いてくれるのに。

そして僕は苦笑いしながら謝るんだ。


「下手くそでごめんね。だって、エスコートなんてしたことないんだもん、許してよ」


凍てついた世界をゆっくりと優雅に歩き進める。

無粋な分厚い門は軽く蹴り飛ばす。

きっとこれすらも文句を言うだろうね。


「両手がふさがってるからしょうがないじゃないか」


百合子さんに振動が伝わって痛くないように、ゆっくりゆっくりと歩みを進める。

恐怖に染まった氷像があちこちに立ち並ぶ廊下を歩く。

廊下の端や壁には美術品や絵画が飾り付けられている。

前世も今世も美術品等には興味も触れ合う機会もなかったので、何が良いのかよく分からない。


「このツボにはゴミが沢山入りそうだね。何でこんなのおいてるのかな?あ、あっちの壁見てみてよ。

絵具をぶちまけただけの絵だよ。芸術ってよく分かんないね」


百合子さんを抱え直して、歩き回る。

無駄に広く部屋が多い。

それでも、一つ一つ部屋を開けては感想を百合子さんに伝えて語り掛ける。


「この扉凄い豪華だね」


三階の大きく、無駄に華美な扉がある部屋に到着した。

蹴破り、歩みを進めると大きな会議室のような部屋だった。

丸い大きな机と椅子。

一番奥の椅子の両脇に見せびらかすようにガラスの箱に入れられた腹が大きなクァールとそのクァールより少し小さなクァール。


「…ようやく会えたね」


百合子さんにも見えやすいように少し霜が付いたガラスを手で拭う。

傷は分からないように縫われ、開かれた瞳には悪趣味な宝石がはめ込まれていた。

ずっとここで人間の虚栄心や自尊心を満たす為だけに、ここで見世物として置かれていたのだろう。


「ほら、恥ずかしがらずに家族団欒を過ごしてよ」


床に百合子さんを置く。

ガラスを壊して、それぞれのクァールを百合子さんの傍に。

寄り添い合うクァールに在りし日の温かな姿を想像する。

僕が介入することが出来ない、確かな絆に結ばれた家族の姿に喉が締まる。

無理矢理絞り出す滑稽な言葉。


「ら、来世はさ…平穏な世界でさ」


いつの間にか固く握りしめられた手の平。

震える声と歪む視界を無視し、言葉を重ねる。


「家族で幸せに過ごしてよ」



今、一番汚い笑顔を浮かべている自覚がある。



「僕がさ、そんな世界を作って待ってるからさ」

たとえ  と呼ばれても、皆が幸せに暮らせる世界を作るから。

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― 新着の感想 ―
何度読んでも、胸が締め付けられます。 諦めの境地に辿り着く事が出来るのであれば、 まだ救われる。でも…そんな気がしない。見えない。 重くて苦しい…。次の更新、期間が空いても 必ず読みたいです。何年かか…
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