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一般人はおいしい思いをすることはなく、せっせと働いて足掻きます。
お偉いさんはふんぞり反って、一般人を踏みつぶす為に臭い息を吐き出します。
なんて糞くらえで素敵な社会なのでしょうか。
ラオが自らの死と引き換えに放った魔術は見事に完成し、敵を仕留めたように見えた。
握りしめていた杖からは血が伝い、口からは僅かな安堵の吐息が零れる。
己の魂と引き換えに生まれた黒き戒めの鎖が彼の者を縛り付け、地獄へ引きづりこむ。
詠唱の時間を稼いでくれた民と兵士へ感謝と命を落としたことへの罪悪感がラオの良心を蝕む。
愛弟子達を生かす為の捨て駒として消費してしまった人々の冥福を祈り、霞む視界を閉じる。
生涯を魔法に捧げた人生であった。
悔いはあるかと問われれば何度も頷くだろう。
そんな人生であった。
だが、今は何とも晴れやかな気持ちだ。
死とはこんなに…。
「更なる敵を目視!!」
どこからか無粋な声が上がる。
今は、今だけは静かにしてくれと溜息を噛み殺し、ラオは重たい瞼を持ち上げる。
「敵は…人型です!!」
霞みぼやける視界へ瞬きで消えてしまうような魔力を集めるラオ。
「あ…あぁ…」
それは目視した兵士の呻き声か?
掠れたラオの呼吸が漏れ出た最後の悲壮な断末魔か?
それを聞いた者はいない。
「魔王…」
ラオが最後に言ったその言葉を聞き届けた者はいない。
ラオが最後に見たその景色を知る者はいない。
何故なら、全てが灰塵に帰したから。
しかし、世界は知っている。
世界にもたらされた魔王の嘆きを聞き届けたのだから。
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百合子さんに纏わりつく忌まわしい黒い鎖。
脳裏に蘇る記憶。
何故、僕の大事な人をくそったれな鎖は連れていく?
怒りに視界が思考が塗りつぶされていく。
「人間如きがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
身体から放出される魔力はいつ暴走してもおかしくない。
僕自身が爆発しそうなほど荒れ狂っている。
僕が愛したモノを奪う世界なんてもうどうでもいい。
僕自身ももうどうなってもいい。
いっそ壊れて最初からやり直そう。
あらゆる狂った考えが脳を焼き尽くさんとする。
世界がコマ送りに見える。
ゆっくり走る僕。
黒い鎖に囚われる百合子さん。
目と目があった。
子供の頃によく見せてくれた、慈愛に満ちた優しい瞳。
その瞳が大好きだった。
一粒の涙が零れる。
今、その涙を拭うから。
僅かに開いた口。
伸ばした僕の右手。
グチャグチャになった百合子さん。
「あ…」
馬鹿みたいに洩れる言葉。
崩壊した街と肉塊。
届かなかった僕の右手。
前面に聳え立つ立派な城みたいな建物が滑稽に見える。
コマ送りに百合子さんに近づく。
温もりを確かめるように抱き上げる。
温かくて、鉄の匂いと臓物特有の香り。
綺麗好きな百合子さんには似合わない匂いだね。
あぁ、全く。
本当に糞みたいなこの世界。
ぶっ壊れちゃえよ。
「あ゙…あっ…」
前世も今世も僕が欲しかったのはささやかな幸せだけ。
大事な家族に囲まれて、温かな食事をし、笑って一日を過ごす。
たったそれだけ。
大金持ちになりたかったわけじゃない。
権力者になりたかったわけでもない。
ましては不老不死を欲したこともない。
ただ普通の温かい家庭で一生を終えたかっただけ。
例え僕の周りが人間じゃなくても。
一緒に暮らしていたらそれはもう家族なんだ。
どうして僕から何もかも取り上げるの?
大っ嫌いだよ。
こんな世界。
ゆっくり更新していきます