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視界の先に暗雲が蠢く。
急く思いに従う様に走る足に力がこもる。
待ってて百合子さん。
今、迎えに行くから。
あの時、貴女の手で逝こうとした弱い僕じゃないから。
守ってばかりだった弱い僕を捨てて、貴女の全てを守るから。
だから。
だからお願い。
俺と共にこれからも一緒に…。
体中に魔力を巡らせ、身体強化を行う。
魔力が細胞一つ一つに巡る度に、走る一歩が力強くなっていく。
握る手に、爪が食い込む。
ねぇ、百合子さん、俺とこの世界を生きて下さい。
そう言ったらどんな反応をするんだろう?
色々と想像して口の端に笑みが零れてしまう。
暗雲から稲光が迸る。
稲光を目印に走り続けると、風に乗って鼻先に掠める人肉の焼ける臭いに顔を顰める。
「…人間は死んでも害しかないのか」
思わず口から零れる言葉。
匂いの先を睨み付けながら走り続けると、黒い筋が空から射したのが見えた。
「…っぐ!」
思わず手で口をふさぐ。
脳裏に浮かぶあの日の情景。
ルゥナさんを僕から奪い去った忌まわしき黒い鎖。
臓腑から湧きだす吐き気。
「二度も僕から奪う気かぁあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!!!!!」
手の隙間から吐瀉物が、呪いの言葉が零れ出る。
暴走しかける魔力の全てを脚力に回す。
走れ、走れ、走れ、足がちぎれても走れ。
足がちぎれても、喉が潰れても、どうでもいい。
「人間如きがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
怒りが何かを塗り替えていく。
僕の身体に残っている人であったものが。
きっとそれは人として大事な物で。
魔としては不必要だったもの。
ルゥナさんが守ろうとしたナニカで。
ギルさんが捨てさせようとしたモノ。
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魔力で呼応した雷の音すら煩わしい。
感情のままに振り回す尻尾から生み出された風で切り刻まれる人間達の悲鳴も、崩れ落ちる建物の音も。
何もかもが感情を逆なでし、鬱陶しくて気持ち悪い。
目に見える全てが憎らしい。
僅かに残った理性に残ってるあの子の笑顔と泣き顔が掠めては、汚い感情に無情に飲まれる。
「シ…ね…」
あぁ、自分は堕ちてしまったのか。
冷静に現状を見ているもう一人の自分がいる。
言葉も流暢に話せず、まさに獣の様だ。
本能の思うが儘に暴れ狂う自らを止める術はないし、止めようとすら思わない。
気持が良い。
ずっと我慢をしていた何かを解き放つ解放感と安らぎ。
風が愛おしい妻と子の香りを僅かに引き連れてくる。
もうすぐだよ。
もう少しだけ待ってておくれ。
大丈夫だよ。
お前達を痛めつけた悪い人間達を殺したらまた会えるからね。
だから。
もう少し、あと少し。
まっテテネ。
アイシテイ…。